ミスリード2




そう言う訳で、取り合えず、御剣のいる検事局の前まで来たものの・・・。
当然、中には入れて貰えなかったので、矢張は彼を電話で呼び出すことにした。
けれど、数十回のコールの後、ようやく電話に出た御剣は、酷く機嫌が悪かった。

『何だ、私は忙しいのだ。下らない戯れ言なら後にしてくれ』

さっさと通話を終えようとした御剣に焦って、矢張は慌てて声を荒げた。

「待てって、御剣!切るな!成歩堂が…!」
『?!成歩堂?』

成歩堂…。
その名前に明らかに反応して、携帯電話越しに御剣の気配が変わる。

「……?」

その理由は解からないが、これはチャンスだ。

『成歩堂が何だ、矢張』
「実は…聞いて驚くなよ!俺、あいつから伝言を言付かって来たからよ!まぁ、何て言うか…成歩堂もいざ頼るのは俺って言うか…」
『矢張…今そこへ行く。少し待っていろ』
「え?御剣!?」

中々話が進まない矢張にやきもきしたのか。
御剣は苛々した声で言うと、電話をブツリと切ってしまった。
その、僅か数十秒後。

「矢張!」
「御剣?!早っ!」

あっと言う間に現れた彼に、流石に度肝を抜かれる。
検事局の彼の部屋からここまでは、相当距離があると言うのに。
これは…。御剣の友人の女の子と言うのは、余程可愛い子に違いない。
自分も一度会ってみたい気が…。

「さぁ、聞かせて貰おうか。成歩堂がどうしたと言うのだ?!さぁ!」

ぼんやりと暢気な妄想を膨らませていた矢張は、御剣の凄まじい形相に、嫌でも我に返って慌てた。

「わ、解かってるって、そんなに急かすなよ。物事には順序ってものが…」
「いいから、早くしてもらおう!」
「わ、解かったよ」

が…。勢いに押されて頷きつつも…いざ伝えようとして、ふと、首を傾げる。

(あれ…?)

「矢張?」
「いや、えっと…」

(店の名前…何だったっけ?)

御剣の迫力と眼力に押されたせいで、大事な用件をど忘れしていることに気付いた。

(待て、落ち着け、矢張政志)

成歩堂の台詞を隅から隅まで思い出すのだ。
けれど、必死に思い出そうと努力して、何とか頭に浮かんだのは…。

『成功したら、キスでもなんでもしてやるよ』

別れ間際に最後に聞いた、彼の台詞。
そこまで思い浮かべた時点で、待ちきれなくなったらしい御剣が、バァンと近くの塀を叩いて急かして来た。

「どうした、矢張!早く言え!!」
「うわっ!!えっと…だからその…成歩堂が、俺に、キスしてくれるんだ!!」

物凄い形相の御剣に急かされた矢張は、思わず頭に浮かんでいたことを、考えもせずにそのまま口走ってしまった。

「……」
「……」
「…な、に?」
「…あ、あれ?」

当然、周囲の空気は凍りつき、気温は5度ほど下がった気がする。
しかも、目の前の御剣から今度は恐ろしい負のオーラが、ズズズ…と音を立てて漂い出している。

「矢張、キサマ…そんな冗談を言いに、わざわざここへ…?」
「何だよそれ!冗談なんかじゃないぞ!100円までなら賭けてもいいぜ!それに、そう!だから夜に吐麗美庵て店に来いってさ!」
「……!?」

そこでようやく店の名前も用件も思い出して、矢張は得意げに告げた。
……のだが。

当の御剣はと言うと、矢張の得意げな台詞に、ただただ呆然としてしまった。
成歩堂が…矢張に…キス?
そして吐麗美庵に来い?
彼の頭の中にはその二言だけがぐるぐると回る。
この断片的な言葉から推測できる事実は…。
まさか、成歩堂は矢張とキスをするような…そう言う関係にあり…。
そして、今夜それを…吐麗美庵と言う店に皆を集めて…。
お、お披露目すると?!

「……!!!」

頭の中にはそんな悲観的な妄想がめくるめく浮かんでは消え。
御剣はガン!!と目の前が真っ暗になるような衝撃を受けてしまった。
一体いつの間に、矢張と成歩堂はそんな関係になっていたのだろうか…。
自分が忙しさにかまけていたのがいけなかったのか…。

(成歩堂…!)

彼も、自分のことを少なからず思ってくれていると…そう思い込んでいたのは間違っていたのか!!

「…もういい…」
「は……?」
「帰れ!!そんな店になど…誰が行くものか!」
「えっ、何だよ、御剣!?」
「帰れと言っている!私は信じない!信じないぞ!!」

一体、何を思ったのか。
突然そんな怒号を上げ、御剣は意味不明な言葉を何事か喚きながら、あっと言う間に走って行ってしまった。

「何をあんなに怒ってるんだ、あいつ?」

気のせいか…ちょっと涙ぐんでいなかったか…?
瞬時に見えなくなった後姿を、呆然と見詰めながら呟いた矢張だけど…。

「まぁ、いいか…約束は果たしたし」

そう、自分は見事に成歩堂との約束を果たしたのだ。
そう思うと、何だか晴れやかな気分だった。
それに、折角だから、お礼も頂くとするか。
貰えるものは貰っておこう。
成歩堂のキスだって、よく考えてみたら貴重なものかも知れない。
あくまで楽観的な考えを巡らせると、矢張は足取りも軽く成歩堂事務所へと向かった。
その後。
3人の誤解がきちんと解けて、矢張が酷い報復に遭うのは、まだ…もうちょっと、先の話。



END