propose?




「なぁ、牙琉」
「何でしょうか」
「ぼくと結婚してくれないかなぁ…」
「……」

その時。
その場でみっともなく咳き込んだり、持っていたグラスをつるりと取り落としたりしなかったのは。
流石の牙琉霧人…と言うところだろうか。
今しがた、とんでもない台詞を発した目の前の男、成歩堂龍一。
当の彼は別にいつもと変らない顔をして、グラスに甘ったるいジュースを並々と注いでいた。

「どうやら、少し聞き間違いをしてしまったようです。もう一度良いですか?成歩堂」
「ぼくと、結婚、しないか?」
「……」

成歩堂から返って来た答えは同じ。
霧人の整った綺麗な顔の半分は、ぴくぴくと怒りの為に痙攣し始めた。

「…あなたの魂胆は解かっていますよ、成歩堂」
「やだな、そんな言い方は…」
「ここの勘定、きみには払えない、そう言うことですね?」
「……。流石だね、先生」

つまり。
養ってくれ…と言うか、奢ってくれ…と言う、意味。
遠回しな上に解かりにくい成歩堂の要望に、霧人は軽く溜息を吐いた。

ここは、いつもの店、ボルハチではない。
たまには他の場所で食べるのもいいと思って、自分が彼を連れ出したのだ。
明らかに成歩堂の格好では浮いている、一般人には敷居の高い店に。
店に入る前には、ワリカンでいいよ、などと軽口を叩いていたのだが。
いざ入店して、自分の見積もりの甘さを思い知ったのだろう。
だからと言って、何と言うことを言うのか、この男。
視線を合わせると、ニット帽の奥から覗いた瞳が、何とも言えない怪しい色を浮かべている。
付き合いが長くなければ、危うく間違えるところだ。
色香でもなんでもない。
これはただの…悪戯を思いついた時の、子供の目。

「成歩堂」
「何だい?」
「生活費が足りなくて苦しいなら、素直にそう言いなさい」
「生活費が足りなくて苦しいです、牙琉先生」
「……」

今度は、呆れるほど素直な言葉が返って来た。
素直過ぎて腹が立つくらいの。

「…仕方ありませんね」

彼が路頭に迷うのは不本意と言えど…我ながら、何て甘い。

「利子はいりませんよ。代わりにうちの事務所に来て、念入りに掃除でもやって頂きましょうか」
「お安い御用だよ、先生。ちゃんと、体で返すよ」
「……」

わざと言っているのは解かっている。
霧人は深い溜息を付いた。

「そう言うことは…あまり言わないで頂きたいですね、特に、私以外には…」
「うん、解かってるよ」
「…では、行きましょうか、そろそろ」

にこりと笑みを浮かべた成歩堂に、霧人も極上の笑みを向け、二人はそっと席を立った。