リアライズ3
彼が本気の抵抗を見せないのは、きっと、こう言うことをしたことが、あるからで……。
王泥喜の脳裏には、再び先日の二人の光景がくっきりと浮かび上がる。
もし、そうなら。そうなら別に、構わない、よな。
自分にそう言い聞かせ、王泥喜は彼の上にぐっと体重を乗せた。
思考が、何か考えることを放棄してしまったようで、止まれない。
いつの間にか下肢に血が集中して、ちょっと暴力的な衝動に似たものが、王泥喜の中いっぱいに込み上げていた。
成歩堂からは、相変わらず抵抗らしいものはない。それを良いことに、申し訳程度に掛かっていた毛布を捲くし上げ、腿の辺りを撫でると、二の足が引き攣ったように蠢いてソファの上を蹴った。
「……っ!?」
顔はソファに埋めたままなので、声を上げる代わりに、ひくっと成歩堂の喉が鳴る。無防備な背中を撫でると、しっとりとした肌が手の平に吸い付くようで心地良い。
(成歩堂さん)
彼の名前が、何だか特別な言葉みたいに頭の奥に響く。じわりと思考が麻痺したように痺れる。
でも、この先、どうすれば良いんだろう。
どうすれば……。何か……。
無意識に周りを見回すと、側の床に、飲みかけのグレープジュースが入ったボトルが転がっているのが見えた。
無造作にそれを掴んで拾い上げると、王泥喜は成歩堂の下衣に手を掛けて引き摺り下ろした。
「んぅっ……!?」
再びくぐもった声が上がったが、気にすることなく、キャップを外したボトルを彼の方へ向けて引っ繰り返す。
「……っっ!!」
突然のひやりとした冷たさと、とくとくと流れ落ちる濡れた感触に驚いたのか、成歩堂が四肢をばたつかせてもがき出した。
これ以上、本気で抵抗されたら終わりだ。
何とかして彼の動きを封じようと、王泥喜は性急に、水で潤った成歩堂の後孔に指先を潜り込ませた。
「い、……つっ!」
それでも、きつい。
引っ掛かるように指先が止まり、王泥喜は一度引き抜いた指を先ほどの水滴で濡らし、もう一度中へ潜り込んだ。
「くぅ、……ッ!」
明らかに苦痛を訴える声が上がった。
でも、ここで止める気なんてない。
だって。響也には……。彼には、こんなとこをもっと、見せたかも知れない。
小刻みに震える背中に顔を寄せて、王泥喜は彼のは苦痛をなだめるように、幾つもそこにキスを落とした。
「ん……っ、ん……」
何度もそうやって、酷く狭かった場所に指先を抜き差ししていると、彼のそこは少しずつ綻んで、引っ切り無しに上がる声も何処か甘さを含んで来るようになる。
もう、大丈夫……だろうか。
そう判断を下すと、王泥喜は指を引き抜いて、代わりに成歩堂の腰を抱き抱えた。
「……っ!!待っ……!!」
何をされるか気付いた彼が小さく悲鳴のような声を上げたけど、それに気を払う余裕など、もう王泥喜にはなかった。
そうして、熱くて心地良いに違いない彼の中に、ひたすら夢中で身を進めた。
ゆっくりした動きを繰り返していると、苦しそうだった声がちょっとずつ柔らかくなって来た気がする。
「ぁ……は、……ぁ、っ」
いつの間にか……。
起き上がろうと抵抗を見せていた頭はソファに力なく項垂れ、二つの手は理不尽な行為に耐えるように、ぎゅっと握り締められている。
その様子に、何だかどうしようもないような、いても立ってもいられないような感情が激しく押し寄せて来て、王泥喜は奥歯を噛み締めてそれを堪えた。
王泥喜が緩急に動く度、彼が頭を打ち振って、苦しげな声が幾度も上がる。
扇情的なその様から目を離すことが出来ないまま、王泥喜は少しずつ突き上げる速度を早めて行った。
夢中で抱いて、頭が真っ白になって、気付いたら彼の中で弾けてしまって……。
「……ぅ……っ」
ゆっくりと身を引くと、成歩堂が喉の奥で苦しげに上げた呻き声に、ようやく王泥喜は我に返った。
あ……。
(お、俺……?)
何て、こと……。
何てことをしてしまったんだ。
どうしよう。
一気に現実に引き戻されて、血の気が引く。
こんなことしておいて、謝ったって済む事じゃない……だろう、流石に。
青褪めたまま動きの止まった王泥喜の下で、成歩堂が苦しげに身じろぐ。
彼の内股を細く伝う液体に気付き、今更ながらぎょっとした。
何も言い訳は思いつかないけど、いつまでもこうしている訳に行かない。
もう、ここまで……だ。
観念したようにそう思った王泥喜の耳に、その時…酷く気だるげな成歩堂の声が聞こえて来た。
「で……?いつまで乗っかってるんだい、オドロキくん」
「え……」
思ってもみなかった呼び声に、王泥喜は目を見開いて息を飲んだ。
(あれ……)
今、今確かに、王泥喜……と呼んだ。
どうして?!
飛び退くようにソファから身を起こして離れると、ようやく解放された成歩堂は、ゆっくりとした仕草でこちらに向き直った。
こんなことになってから、改めて見る彼の顔は、何と言うか、妙に気だるげで艶っぽくて、思わず状況も忘れて見返す。
口を開けたまま放心している王泥喜に、成歩堂は小さく笑みを零した。
怒っている様子はない。
でも、何で……!
「なっ、何で……!い、いつから……」
「途中からだよ。始めは本当に牙琉検事だと思ってたんだけど……。ぼくだってそんなに鈍くないよ」
「じゃ、じゃあ、何で!じゃあ何で抵抗しなかったんですか?!」
「何でって……」
王泥喜の真っ直ぐな問いに、成歩堂は一度言葉を止め、尖った髪の毛を指先でがしがしと掻き混ぜた。
そうして意味有り気に視線をソファの上へと逸らす。
王泥喜はただ成歩堂の言葉を待つしかなくて、ぎゅっと拳を握って、ごくりと喉を鳴らした。
暫くの間の後。ゆっくりと又その唇が動き出す。
「そうだなぁ……。きみに……そうされたかったのかも知れないね」
「え……」
想像してもいなかった言葉に、王泥喜は増々目を見開いた。
それって……どう言うことなんだろう?!!
まさか、まさか、成歩堂も……。
王泥喜の胸の中には、仄かな期待が沸き上がったけれど、次の瞬間、それはあっさりと掻き消されてしまった。
「きみも、そう言う年頃だもんね……。仕方ないとは思うけど……。くれぐれもみぬきには手を出しちゃ駄目だよ」
「………」
(はい?)
呆然としたままの王泥喜にお構いなく、彼は更に続ける。
「ああ、それから……。誤解があるみたいだけど、牙琉検事とは何もないからね」
「え……?」
呆けていた思考が一気に覚醒して、王泥喜はまた掴み掛からんばかりに成歩堂に詰め寄った。
「じゃ、じゃあ、何で!何であんなに検事は頻繁にここへ来てたんですか?」
「それは……参ったな、内緒にしておこうと思ったのに」
「どう言う……ことですか」
ごくりと喉を鳴らした王泥喜に、成歩堂はここ数日の響也との行動を逐一説明してくれた。
「きみも、みぬきもさ、大きな裁判を幾つか終えたりして、よくやってくれたから、皆で集まってどこかへ行こうかと思って。それで牙琉検事に相談してたんだよ」
「………」
自分の想像とは懸け離れた答えに、もう言葉もない。
でも、頭の中に浮かぶ疑問に促されるまま、王泥喜はしどろもどろになりながら口を開いた。
「で、でも、何で……検事に?」
「彼が一番お金あるから」
「え……、あ……?」
「セレブなコネで何とかしてもらおうかな、と……」
「………」
「それで、何度か事務所に来て貰ってたんだけど、検事はこのごちゃごちゃした部屋が許せなかったみたいで、片付けも手伝って貰ってたんだよ」
「じゃあ……朝までいたのは……」
「昨日は彼…バイクの調子が悪くて電車で来たんだけど。片付けが難航して、終電なくなっちゃったから」
「で、でも!この前床に倒れてたのは!」
「あれは、棚の上を整理してたら物が落ちて来て、一緒に転んじゃったんだよね。ただ、それだけだよ」
「そ……」
(それだけ?!)
そんな、間抜けな理由だったのか?!
でも、確かに。成歩堂の中は、まるで初めてみたいに反応が固かった。
じゃあ、全部誤解だったのか。
誤解で、何てことを……。
王泥喜が腑抜けたように呆然としている間に、成歩堂はさっさと衣服を整え、いつの間にか事務所の奥でシャワーを浴びに行って、あっと言う間にすっきりした顔で戻って来てた。
「きみも浴びて来なよ。そのままじゃ仕事にならないからね」
「え、え……あ」
「ぼくは朝ご飯でも買いに行くから」
そう穏やかに言って、事務所から出て行こうとする成歩堂の姿に、王泥喜はようやく我に返った。慌てて衣服を整え、今にも扉を開けようとしていた彼の腕を捕まえた。
「成歩堂さん!!待って下さいよ!」
「どうしたんだい?」
「あ、あの、成歩堂さん、俺……っ!!」
「そんなに気にしなくていいよ。抵抗しなかったぼくも悪いんだから」
「い、いえ!そうなじゃくて!!」
惚けたような返事をする成歩堂の腕を掴んだまま、王泥喜は必死に食い下がった。ここで引いてしまったら、二度と言うタイミングはない気がする!
「お、俺……!あなたのこと好きですから!だから……だからですよ?!」
懸命にそれだけ伝えると、彼の気だるそうな双眸が一瞬だけ驚いたように大きく見開かれ、すぐに優しげな色に変った。
「解かってるよ、オドロキくん。ありがとう」
「あ……ぁ?」
いや、解かってない。
確実に解かってないぞ、この人は!!
そう思ったけど、物凄く満面の笑みを浮かべて見詰められ、結局そのまま絶句してしまった。
それから、数日が過ぎて。
「成歩堂さん!!あの……俺……!」
「なんだい、オドロキくん?」
「こ、この間のことなんですけど!」
「ああ……。まだ気にしてるのかい?もう大丈夫だよ……」
「だから、そうじゃなくて!何度も言ってますが……俺はですね!!」
「解かってるよ、オドロキくん」
「解かってないですよ、絶対!!」
「そうかなぁ……」
「そうですってば!!」
成歩堂なんでも事務所では、そんな不毛な会話を繰り広げる二人がよく見られるようになっていた。
王泥喜は一生懸命に成歩堂の後を追い掛けて、成歩堂はあくまでだるそうにしつつも、ちゃんと楽しそうにそれに応えている。
「どうしたんだい、あの二人は」
「みんな仲良しで、いいことですね、王子さま」
響也とみぬきの二人は、遠巻きにその様子を伺いながら、そんな暢気な会話を交わして顔を見合わせた。
終