recur2




数回、柔らかい唇を甘噛みしてから舌を捩じ込むと。
彼の生温かい舌は、口内を嬲る響也の動きに合わせて絡み付いて来た。
不思議な感じだ。
女の子とは全然違うのに、変な…性質の悪い引力でもあるように、離れられない。
溢れたお互いの唾液が甘い。

(冗談じゃない…)

暫く味わって、思わず嘆息の吐息が漏れそうになるのを感じながら、響也は胸の内で苦々しく呟いた。
何だか、酔っ払ってしまいそうだ。
しかも善い酔い方とは、言い難い。
頭の奥が軽く痺れて、思考が纏まらない。
これは…。まずいんじゃないだろうか。
強行してしまう前に、ここで止めておいた方が…。

「いい匂いがするね、きみは。牙琉検事…」
「……!!」

回らない頭でそんなことを思い巡らしていた時、不意に成歩堂が囁くように耳元で呟いた。
たったそれだけの言葉だったのに。
一瞬、肌の表面が粟立つほど、ぞくりとした感覚が背筋に走り、思わず息を飲む。
こんな時にこんな…。
挑発でもしているような台詞を…。
下腹部に覚えのある感覚が湧き上がると同時に、妙に面白くない。
まるで、彼のペースに持って行かされそうな…。
でも、そうは行くものか。
このままでは、自分だけが恐ろしく余裕を欠いているようではないか。
そう、まるで、この目の前のくたびれた男の為に必死になっているみたいな…。
誤魔化す為に何か口にしようとしたけれど、喉の奥が渇ききった時のように、言葉が出て来なかった。
代わりに、その渇きを潤すように、響也は再び唇を寄せた。

「ん……ぅ」

又、成歩堂は黙ってそれを受け入れる。
無意識の内に手を伸ばして、何の抵抗も見せない上体に触れると、彼は微かに身じろいだ。
ゆっくりと薄い衣服の上を辿る手が、胸元の辺りで引っ掛かって止まる。

「……っ」

小さな突起を指先で弾くと、ぴく、と僅かに肢体が揺れた。
呼吸が苦しくなったのか、ゆるく開いた口内に舌を差し入れ、響也はそのまま、だらしなく開いた彼の両足を割って、その間に体を割り入れた。

「…んっ、…っ!」

深くキスをしたまま、腿の辺りで下肢の中心を押し付けるように弄ると、びく、と彼の体が緊張する。
成歩堂は相変わらず何も言おうとせず、何の抵抗も見せなかったが。
響也の動きに合わせて時折上がる、掠れたような甘ったるいような声は、耳にとても心地良いものだった。
どの位、そうしていたのか。
名残惜しそうに絡み付く舌を解し、ようやく唇を離す頃には、吐く息はすっかり乱れ、体は熱に浮かされたように熱くなってしまっていた。

「牙琉検事…ちょっと、離してくれないかな」
「……!」

そう言われて初めて、響也はいつの間にか成歩堂の両手首を掴んで、しっかりと壁に押え付けていたことに気が付いた。
痕が付きそうなほど力を込めていたことに、自身で驚く。
慌てて力を緩めると、掌から成歩堂の腕がゆっくりと擦り抜けた。

「きみは…あの時のままみたいだね」
「何だって…?」
「悪い意味じゃないよ、良い意味かどうかは解からないけど」

あくまで穏やかな声色。
咄嗟に返答しようにも、言葉はすぐに出て来なかった。
飲まれないようにしていたのに、いつの間にか完全に彼に飲み込まれていた訳だ。
そう言えば、7年前もそうだった。
あの時、無理に思考を寸断したのは、彼と言う人間にのめりこみそうになってしまったからだ。
今は、そんな風に、解かっていて飛び込むなんて無茶なことは出来ない。

「大人の余裕って言うのかな。そう言うの…何だか面白くないね」

暫くの沈黙の後、ぽつりと、それだけ口にすると、響也はゆっくりと成歩堂から離れた。



「それじゃあ、明日の裁判、よろしく頼むよ」
「成歩堂龍一…このままで済むと思わないで欲しいな」

色々な意味、で。
その言葉をどう受け取ったのか解からないが、響也の台詞に、成歩堂は軽やかに笑ってみせた。

「今回の裁判が終わって、それでもきみが、まだぼくに会いたいって言うなら…又会おう」
「……?」
「きみはきっと、ぼくが思っていた通りの人だと思うよ」
「…よしてくれないかな、そう言う、訳解かんないの」
「…気に障ったなら、すまないね」

その時。
こちらに向けられた彼の目を見て、また、懐かしい記憶が響也の頭の中に溢れた。
ああ…と、頭の奥で妙に納得する。
真っ直ぐな二つの目。全然変わっていない。あの時のままだ。



「やれやれ…参ったね、本当に」

明日は、とんでもなく熱いステージになりそうだ…。
成歩堂が帰った後、彼が消えた扉に向けて、響也は溜息混じりに吐き出した。
あの男が選んだ事件。きっと、ただで済む筈はない。
成歩堂龍一。改めて、肝に銘じておくとしよう。

その裁判の行方は、結果として、彼の存在を増々響也の中に強く印象付けることになったのだが。
そのことについては、まだ、今の響也に知り得る筈もなかった。



END