release




「真宵のこと、よろしくね。なるほどくん」
 そんな風に言って笑う千尋の姿を思い出したのは、あの裁判から少し経ってのことだった。
 あの裁判とは、今はまだ思い出したくもない。
 弁護士としてのバッジを失ってしまった、あの事件だ。
 真宵を、妹をよろしくと、あの人に言われたのに。
 今の自分はただ色々なことに打ちひしがれているだけで、彼女の為に何一つ出来ない。
 色々な事情があるとは言え、側にいてあげることも出来ない。
(千尋さん……。怒ってるだろうか……)
 脳裏に思い浮かべる千尋の姿は、依然として優しい笑顔のままだ。
 けれど、いつかそれが霞んでしまうかも知れない。
 そう思うと、何だかやり切れなくなった。

 けれど、その数日後。
「なるほどくん!」
「……!真宵ちゃん?!」
 まるでタイミングを見計らったように、真宵本人が元法律事務所に顔を出した。
 ほんの少し会わなかっただけなのに、何だかやたらと懐かしい気がする。
「久し振り、なるほどくん」
「真宵ちゃん……」
 いつもと変わらない彼女の笑顔に、成歩堂はホッと胸を撫で下ろした。
「そっか、みぬきちゃん今いないんだ」
「うん、ごめんね。でもどうしたの?連絡もなしに」
「うん……。どうしても、会いたくなって」
「え……?」
「チャーリーくんに」
「……あ、そう」
 成歩堂ががっくりと肩を落とすと、真宵は楽しそうに笑った。
 釣られて、成歩堂も何だか気分が軽くなる。
 そう言えば、いつもこうだった。何かあっても、彼女と話していると、嫌なことなど忘れてしまう。
 でも……。
「あのさ、真宵ちゃん」
「……何?」
 ようやく笑うのを止めてこちらに向き直った彼女に、成歩堂は真剣な眼差しを向けた。
 「真宵ちゃん、その……ごめん」
「……なるほどくん?」
「真宵ちゃん、今色々大変なんだよね?なのにさ……」
 言葉が続かなくて、思わず口を閉ざす。
 視線を伏せて、成歩堂は黙り込んでしまった。
 その間、真宵は少し驚いたように目を見開いていたけれど。
 ややして、すっと真顔になって、こちらを見詰めて来た。
「あのね……。あたし、なるほどくんにずっと言いたかったことがあるんだ」
「……?」
「なるほどくん、お姉ちゃんに、あたしのこと……何か言われてない?」
「え……?」
「お姉ちゃん優しいし、心配性だから、きっとふらふらしてるあたしのこと心配で、なるほどくんに頼んだんじゃないかな、と思って」
「え、あ……」
 本当に、その通りだ。
 千尋の言葉を思い出して、成歩堂は戸惑いながら頷いた。
「う、うん……」
「そっか、やっぱり……」
 成歩堂が首を縦に振るのを確認すると、真宵は独り言のようにそう言って、何事か考え込む素振りをした。
 そして、少しの間の後。いつものように軽い口調で口を開いた。
「なるほどくん」
「うん……?」
「今まで、いっぱい守ってくれて、ありがとね」
「……?」
「あたし、何回も助けて貰ったよね、なるほどくんに」
「真宵ちゃん……?」
「でも、あたしはもう大丈夫だから」
「……え」
「もういいんだよ、お役目から解放されても」
 思わず、ひやりとした感触が背筋を駆け上って、どき、と音を立てて心臓が鳴った。
「……ちょっと待って。何を、言って……」
 彼女は、何を言っているのだろう。
 解放されてもいいって……どう言うことだ。
「これからは、あたしのことは気にしないで」
「……真宵、ちゃん?」
 もう、成歩堂のことは、必要ないと言うことなのか。
 一瞬そんな考えが頭の中を駆け巡って、視界が真っ暗になった。
 でも、そうではなかった。
「今度は、あたしがなるほどくんを守ってあげるから」
 続いて真宵が口にした言葉に、成歩堂は意表を突かれて、小さく息を飲み込んだ。