サイン2




けれど、熱に浮かされたような顔はほんの一瞬で、すぐに罪悪感とか戸惑いが溢れ返った表情に摩り替わってしまった。
きっと、忠実に反応してしまう自分が信じられないんだろう。
思わぬ刺激でさえ、これだ。
自分は、これをずっとずっと我慢しているのだ。
つまり、もう、限界だと言うこと。
誘われるように唇を塞ごうと顔を寄せると、成歩堂はびくっと身を硬くして、慌てて顔を逸らした。
それが何と無く癇に障ったので、代わりに、逸らしたことで顕になった首筋にキスをした。

「……んっ!」

矢張の下で、成歩堂の体が跳ね上がる。
又しても、予想外の反応だ。
もっと反応が見たくて、何度も続けてそこに唇を押し付けていると、彼はもがくように身を捩った。

「ん……っ、や、止めろよ……、お前っ」
「成歩堂……お前、エロいなぁ……」
「そ、そう言う言い方するなよ!……んっ」

溜息のような声で言うと、それが羞恥を刺激したのか、彼はムキになって言い返して来た。
けれど、そのことで成歩堂がこちらを向いた隙に、今度こそ・・・矢張は彼の唇を塞ぐことに成功した。

「んん……!んぅ……?!」

何か言い掛けた為、薄く開いている唇を夢中で貪る。
長いことこうしたくて堪らなかった、彼の唇だ。
女の子とは全然違うけど、同じように柔らかくて温かい。
それに、何だか……甘い。
ただ、キスをしているだけなのに。頭の奥が痺れる。
下肢に血が一気に集中するのが解かった。

「んぅ……っ、ん……」

途切れ途切れに余裕のない調子で上がる声が、ますます欲を煽る。

(成歩堂……)

何だか、目の前が真っ白だ。
初めてのときみたいに余裕がなくて、ただ・・・がむしゃらに、欲しい。

「や、め……矢張……」

何とか顔だけ逸らしてキスから逃げた成歩堂が、弱々しい声を上げる。
けれど、その声には力がない。

「そんな声で言われても……説得力ねぇぞ、お前」
「……!」

抗議の言葉を一喝すると、矢張はぐっと体重を掛けた。

「それに、俺……もう本当にダメなんだけど……」
「そ、そんなこと、知るかよ!それに……お前、途中で止めるって、そう言ったよな!?」
「ああ、言ったよな……」

確かに、そう言った。でも。

(ここまで来て、止まれると思ってんのか……?)

「ごめんなぁ……、成歩堂」
「……?!!」

小さく呟くように言うと、矢張はもがく成歩堂の動きを抑え込んで、彼の二の足を割り開いた。

「や、止めろって!」
「もうダメだって、言ったじゃんかよ」
「そ、そんなこと……、言っても……」

目の前の光景が信じられないと言ったように、彼は首を打ち振る。

「だいたい、何でこんなことするんだよ!」
「前も言ったじゃんか、解かんないヤツだな。好きなんだよ、お前が……!」
「……!!」

言いながら、もう一度、聞き分けのない言葉を発する成歩堂の唇を思い切り良く塞いだ。
ガツ、と音がして歯がぶつかったけど、構ってなんかいられない。
何か言おうとしたのか、薄く開いた唇に舌を入れて、吸い上げる。

「ん……、っ……ぅ!」

又、彼から甘いような蕩けるような声が上がった。
蕩けているのは彼の声なのか、自分の頭の中なのか、それは解からないけれど、どっちでもいい。
胸元を弄って、又下肢に手を伸ばす。

「んん……っ!」

びくっと腰が跳ねて、成歩堂は又小さく身を捩った。
でも。

(ん……?)

そこまで一気に強行して、今更ながら、あることに気付く。

あれ……。さっきよりも、抵抗が少ない、ような……。
気のせいかも知れないけれど。
もしかしたら、これは……いけるだろうか。
どうして急に大人しくなったんだろう。
物凄く気になるけど、その理由は、後で聞けばいい。
彼の気が変わる前に、改めて潤った彼の口内に舌を捩じ入れて、じっくりと味わった。

「ん……、んぅ……」

苦しそうに漏れる声にどれだけ煽られているかなんて、彼は知る由もないんだろう。
一端顔を離すと、徐々に上気して行く頬に触れて、矢張はそこを指先でなぞった。
これ以上何か言っても無駄だと思っているのか、声が漏れるのを警戒しているのか。
押し黙ったままの唇に指を移動して、そこも撫でる。
何度もそうしていると、信じられないように見開かれた目が、徐々に閉じて熱を帯びて来るように見える。
やがて、矢張の仕草が気になったのだろうか。
不意に、口元に当てたままの指先を、ちらりと覗いた彼の舌がなぞった。

「……!!」

誘い込むような動きを見せる、濡れた舌先。
あくまで無意識だとは、解かっているけど……。
触れた部分から湧き上がるぞくりとした感覚に、思わず身震いしそうになった。
目が眩みそうな、快楽への欲求。
よくもここまで我慢していたものだと、自分に感心してしまうほどだ……。
背に腕を回して少し身を起こさせると、矢張は既に乱れていた成歩堂の上着を取り去った。
改めて足を割っても、少し身を震わせただけで、逃げようとはしない。
抵抗しないのは、彼も少なからず自分と同じものを感じているからだろうか。
そうだ、きっと。そうに違いない。
これこそ、待ち望んでいた承諾のサインだろう……。
正直、そうでなくても問題は無かったけれど。
とにかく、もう止まる必要はなかった。

「……っ、あ……」

最奥に指先を潜り込ませると、一段と大きく体が揺れた。
ようやく侵入出来た彼の中は酷く熱くて、体が揺れる度に、まるで矢張のことだけを誘い込むように蠢いている。

「成歩堂……」

あれだけ我慢して、待ち焦がれていたものがようやく目の前にある。
でも。
ここで無茶苦茶にしてしまったら、彼はどうなってしまうか解からない。
そんなこと、する訳には行かない。
がむしゃらに欲しいと言う気持ちには変わりはなくて、抑えるのにかなり苦労したけど。
それ以上に、とにかく細心の注意を払って、慎重に行為を進めて行った。

「う、……っ」

一端指先を引き抜いて更に圧し掛かると、目を見開いた彼が、少しだけ怯えたように息を飲む。

「矢、張……、っっ……!!」

不安そうに呼ぶ声は、直後、掠れた悲鳴に変わった。
衝撃に耐えるように、背中に成歩堂の腕が回されて、痛いほどに力が籠められる。
あやすような仕草で髪を撫でると、矢張はゆっくりと動きを開始した。



「……なぁ」
「ん?何だよ?」

これ以上ないほど、物凄く上機嫌。
さっきからずっとそんな状態の自分に対して、成歩堂が物凄く恨みがましそうな視線を向けている。

「お前……何で、いきなりこうなんだ?」
「だから、好きだからだって」

何度言えば解かるんだか……。
戸惑いを隠せないような、何処か責めるような台詞に、矢張は呆れたように即答した。
でも、こちらの答えは彼を納得させるものではなかったらしい。
成歩堂は更に不服そうに眉を顰めた。

「だったら、何て言うか、他に何かないのか?」
「他にって……何だ?」
「……順序ってものがあるんじゃないのか?ぼくも、そう言うのよく、解かんないけど……」

ああ……。
例えば、付き合うとか、そう言うことだろうか。
今回に限っては、そう言えば、よく考えなかったかも知れない。
それだけ、余裕がなかったんだろう。
ちょっと、びっくりする事実だけど。

「あ〜……そうか、それもそうだよなぁ……」

気が抜けたような返事をすると、ベッドに突っ伏した成歩堂は、はぁ……と深い溜息を付いた。

「何だか……お前がふられる原因が解かったような気がするよ」
「あ?何よ?」
「……何でもない」

再び顔を伏せた成歩堂に手を伸ばして、矢張は彼の顎を掴んでこちらを向かせた。
そう言えば、何で急に受け入れてくれたのか、理由を聞こうとしていたっけ……。
でも、今となってはそれも……。

「まぁ、その……何でもいいなと思ったから、俺がお前を好きなら」
「よく、解かんないよ」
「うーん、俺にも解かんないけどなぁ……。ま、それでいいじゃんかよ」

言いながら、矢張はそっと顔を寄せると。
もう一度、今までで一番優しく彼に触れて、静かにキスをした。