タイニー




「え……、御剣が?」
「うん、帰って来てるんだって!さっき買い物に出掛けたときにヤッパリさんが言ってたよ!」
「……ふーん」
「ね、なるほどくん、会いに行こうよ!」
「いいよ、別に。向こうだって仕事だろ」
「ええ!何言ってるの、なるほどくん!又いつ会えるか解からないんだよ」
「……いいんだって」
「なるほどくんてば!もしかして、喧嘩したの?だったら話合った方がいいよ、ちゃんと。あたし、呼んで来るから!」
「ちょ、ちょっと、真宵ちゃん?!」

 真宵とそんな会話を交わしたのは、つい先刻のことだ。彼女は、成歩堂が止めるのも聞かずに事務所を飛び出して行ってしまった。彼女の厚意は嬉しいけれど、今はちょっとあり難く受け入れる気にはならない。
 (御剣、か)
 久し振りに彼の名前を聞いて、心が騒がなかった訳ではない。が、だからと言って、酷く気持ちを掻き乱されるほどでもない。
 だいたい。帰って来ているなら、連絡の一つでも寄越せばいいんだ。それをしないと言うことは、向こうだってさして会いたいなんて思ってないと言うことだ。それに、真宵は何て言った?矢張から聞いたって?もう一人の幼馴染にはそうやってちゃんと連絡を取っていたのがいい証拠だ。
 そんなことを頭の中で思い巡らしながら、成歩堂はそそくさとデスクの上に散らばっていた書類を整理して一息吐いた。
 真宵のことだ。恐らく、本当に御剣を呼びに行ったに違いない。万が一彼がここへ来てしまう前に、今日はもう帰ってしまおう。自分には、話すことなんて何もないのだから。決意して椅子から立ち上がると、成歩堂はさっさと荷物を纏めて事務所の扉を開けた。そうして、鍵を掛けようとポケットを探った途端。自分の背後に立つ人物に気付いてぎくりとした。
「み、御剣……?!」
 いつの間に現れたのか。驚いて振り向くと、そこには紛れもない御剣の姿があった。
「お前、何で……!」
「久し振り……と言うべきかな、成歩堂。元気そうだ」
「……お、お前こそ。活躍は聞いてるよ、何となく」
「堅苦しい挨拶はいいだろう、成歩堂……」
「……」
 型通りの会話を柔らかく遮って、御剣が手を上げる。
 彼のペースに巻き込まれそうになって、成歩堂は無意識に一歩身を引いた。
「何で、日本に?アメリカに行ってたんだろ」
「君に会いに来たとは……思わないのだろうか」
「……冗談、だろ」
 どく、と心臓の音が高鳴ったのを押さえ込んで皮肉るように言い捨てると、御剣は喉の奥で笑いを漏らした。
「あながち、そうとも言い切れない」
「……何」
 不可解な言葉に息を飲む間もなく、不意に伸びた手に肩を捕らえられ、ハッとしたときには、事務所の中へと押し込まれていた。
「……御剣?!」
 声を荒げてみたものの、彼が動じるはずもない。
 バタンと音がして、背後で扉が閉まる。続いて、ガチャ、と鍵を掛ける音。
 覚えのある状況に、成歩堂の胸の奥で心臓が更に大きく脈打った。
 冷静を装って、出口に立ち塞がる男に無言のまま向かい合うと、彼は意味有り気な笑みを浮かべた。
「真宵くんにそこで会った。きみは、私に会いたくなかったそうだな?」
「……」
「逃げようとしていた割には、大人しいのだな」
「……逃げようなんて、してないよ」
「そうか……」
 苦し紛れな嘘を見破るような、不敵な顔が視界にちらつく。拗ねた子供のように顔を逸らすと、それを遮るように顎を捕まれた。
「……ん」
 そっと顔が寄せられて、そのまま御剣の唇が触れた。びく、と肩を揺らしたのは一瞬だけで、すぐに深くなる口付けに、意識はあっと言う間に飲まれてしまった。
 御剣の手が伸びて、成歩堂の衣服を緩めて肌の上を直に這う。その合間に、彼はぽつぽつと声を上げた。
「きみのことだ、拗ねているのだろう。私が連絡をしなかったことに」
「……」
「これでも、色々とあったのだ。無茶を言わないでくれたまえ」
「矢張には会ったんだろ?」
「それも、色々あったのだ」
「それに……」
「もういい、黙っていろ」
「……んっ」
 不満を述べようとした唇を塞がれて、我が物顔で潜り込んで来た舌先に翻弄されて、成歩堂はそれ以上何も言えなくなってしまった。

「成歩堂」
「……」
 暫く繰り返される戯弄を甘んじて受けた後。逆らえない強さを持つ声に命じられるまま、服を脱ぎ捨てて、椅子に腰掛けた御剣に身を乗せる。ふっと短く息を吐き出すと、成歩堂は声が漏れないように唇を噛み締めた。
「ん……っ」
 少しずつ腰を落として、彼を中へと招き入れる。久し振りの行為は痛みと共にぞくりと腹の底から湧き上る感覚を生み、成歩堂は意識が飲み込まれそうになるのに耐えた。
「あまり焦るな、傷が付いてしまう」
 言いながら、御剣の指先が入り口をなぞる。
「は……っ、ぅ……」
 びく、と四肢を引き攣らせると、彼の落ち着いた色合いの目が、下からこちらを捉えた。自分の中のものが余すところなく暴かれてしまいそうで、それから逃げるように行為に没頭する。ズズ、と粘膜の擦れる音が聞こえるような気がする。その度に疼くものは、痛みなのか、快楽なのか、区別がつかなくなる。
 時間を掛けて最後まで身を沈めると、成歩堂は大きく息を吐いた。
「あ……っ!く……!?」
 途端、いきなり下から突き上げられて、喉が大きく仰け反る。
「む、無茶するなよ!」
「君が望んでいたからだ」
「だ、誰が……っ」
 痛みの為か、小さく震える唇に、御剣が吸い付くように触れる。間近で見える双眸は、こちらを見詰めたままだ。少し鋭い目が細められて、全て見透かすような、視線に晒される。触れているのに、熱を感じない、水に溶けるような感覚。けれど心地良くて、このまま身を委ねてしまいそうな……。
 御剣の動きが敏感な場所ばかりを刺激し、成歩堂は彼の上で身を捩って喘ぎを上げた。その動きが無意識に内壁を収縮させ、更に快楽を齎す。
「ぅ……、んん……っ!」
 ぎゅっと下肢に力が入って、次の瞬間には欲望が弾けていた。内股を伝った体液がぽたぽたと床に滴り落ちる。
「はぁ……、は……」
 どっと力の抜けた肢体が、御剣に寄り掛かるように崩れ落ちる。
 けれど、これで終わりではない。
「……っ!」
 呼吸を整える間も無く、御剣が成歩堂の腰を両手で掴み、下から容赦なく揺さ振り出した。
「はっ……、あぁ……!」
 敏感になった体に鞭打つような刺激は、辛い以外の何物でもない。
「く……、ちょっと、待……っ!」
 引っ切り無しに抗議の言葉を上げるが、途切れてしまって意味を成さない。
 さっきまでは、本気で会わなくたって良いと思っていたのに。
 そんな小さな意地などとっくに吹っ飛んでいることに気付くと、もうあとは黙って身を任せるだけになった。
 本能に従って、醜くも激しい欲求を追うだけになる。何度も突き上げられて、なけなしのプライドも何もかも融けてなくなってしまったようだった。

 その後。一人事務所に残された成歩堂は、バスルームに入って熱い湯で体を打ちながら、ふぅっと深い溜息を吐き出していた。
 まだ仕事が山積みだとかで、御剣は慌しく行ってしまった。その様子を見ていたら、忙しくて大変だったというのも強ち嘘ではないと思えて、何だか笑ってしまった。
 それにしても。彼が言うには、この数日で殺人事件の容疑者になり、身代金の受け渡し人に選ばれたと思ったら誘拐されて殺人事件に出くわし、自身の執務室で殺人事件があり、息つく暇もなかった――なんて言い訳は、到底信じられないけれど。
(もっと、マシな言い訳して欲しいよ)
 でも、今はそれより、真宵が帰って来る前にしっかりと衣服を整えておかなければ。感傷に浸っている暇がないのは、お互いさまだ。
 そう思い直して、成歩堂は急いでシャワーのコックを捻って湯を止めた。