真夜中に突然着信音が鳴り響いて、王泥喜は慌てて携帯を手に取った。
「も、もしもし!」
慌しく通話ボタンを押すと、騒がしい音楽やざわめきに紛れて、聞き覚えるのある人物の声がした。
『おデコくんかい?』
「…!牙琉検事?どうしたんですか、こんな夜中に…」
一体、何の用だろう。
心当たりがなくて首を傾げていると、電話の向こう側から、深い溜息が聞こえて来た。
『どうしたも何もない、参ったよ、本当に』
「は……?」
訝しげな声を上げると、心底困り果てたように響也が返す。
『今、ちょっとクラブみたいなところにいるんだけどさ』
「は、はい」
クラブ?まさか、飲みの誘いとか?
だったらちょっと勘弁して欲しい。
一瞬でそんなことを考えて眉を顰めた王泥喜だったけれど、響也の台詞は想像とは全く違うものだった。
『刑事クン、引き取りに来てくれないかな、きみのところの薄汚れた先生と一緒に』
「……は?」
刑事クンて…。
(あ、茜さん?!)
あまりに意外な内容に、王泥喜は裏返った声を上げてしまった。
とにかく、詳しい事情は解からないけれど、何だか放っておけない雰囲気だ。
響也の声はしっかりしていて、とても酔っている感じではないし。
何よりも、成歩堂と一緒に来い、と言うのが気になる。
この前のこともあるし、何だか気が気ではない。
その日、珍しく事務所に帰って来ていた成歩堂を叩き起こして、王泥喜は響也の言う店まで掛け付けた。
気乗りしない感じの成歩堂をずるずる引き摺りながら。
大音量の音楽と、独特の匂いと馴染まない雰囲気が溢れる中、人を掻き分けて奥に進む。
響也の金色の頭と特徴のある髪型はすぐに目に留まった。
こんなに人がいても、彼は凄く目立つ。
と言うか、周りに一番女の子が群れているのでよく解かる。
「が、牙琉検事!!」
女の子の壁を乗り越えて、声を張り上げると気付いた響也が手招きしてくれた。
「ああ、こっちだよ。おデコくん」
「は、はい」
彼が指差したカウンターの一番奥の席、言われるままそこに向かって足を進めると、見覚えのある人物がぐったりと突っ伏しているのが見えた。
「あ、茜さん!?」
(こんなことろで、何やってるんだ!?)
すぐ側まで寄って声を掛けても、何の反応もない。
「茜さん!どうしたんですか?」
顔を覗き込むと、かなり酔っ払っていることはすぐに解かった。
「参ったよ。彼女、後から来て一人で飲んでたんだけど…凄い無茶な飲み方をしているから気になってね」
「…そ、そうだったんですか」
「でも、止めても全然聞かないんだよ。で…暫くしてこの通り潰れてしまってね。送って行こうと思っても、成歩堂さん、て…そればっかりでさ」
「ええ……?」
王泥喜は何だか嫌な汗がおデコを伝うような気がした。
「な、な、成歩堂さん!一体何をしちゃたんですか!」
バン!とテーブルを叩いて怒鳴ると、成歩堂は小さく肩を竦めた。
「言いがかりだよ、オドロキくん」
「で、でも…!」
「あのさ、そう言うことは後でやってくれよ。ま、とにかく、このままにしておけないだろう?よろしく頼むよ、おデコくん」
「え、ちょっ…」
そう言うと、響也は王泥喜の肩にポンと手を置いて、そのまま行ってしまった。
すぐさま女の子たちに囲まれる姿を見て、何だか微妙な気分になる。
でも、今はそれどころじゃない。
知らせてくれた響也には感謝しなくてはいけないだろう。
「茜さん!しっかりして下さい!」
取り敢えず、何度か肩を揺さ振って起こそうと試みる。
でも、彼女は動く気配がない。
突っ伏した腕の側には、空っぽのかりんとうの袋が数枚散らばっている。
それにしても、つまみにかりんとうとは…。
(って、そんなことどうでもいい)
「茜さんっ」
尚も自慢の大声を駆使して呼んだけれど、やっぱり茜は起きなかった。
でも。
「茜ちゃん、大丈夫かい?」
横から顔を出した成歩堂が、優しい声で呼び掛けた、途端。
今まで微動だにしなかった彼女がぴくっと動いて、顔をこちらに向けた。
「う、ん…なるほどう…さん?」
「……!」
(す、すげェ!)
王泥喜が感激する中、続いて物凄くだるそうな声が聞こえて来た。
「成歩堂さん…」
いつもきりっとした印象があるので、凄いギャップだ。
茜がこんなになるなんて、一体どうして…。
「茜さん、具合どうですか?大丈夫ですか」
「あんまり、良くない。気持ち悪い…」
「こんな飲み方するからですよ!」
「だって、成歩堂…さんが…」
「え……?」
王泥喜は目を見開いて成歩堂に顔を向けた。
「や、やっぱりあなたが何か…」
「いや。ぼくは何もしてないと思うけどなぁ、多分」
「た、多分て!無意識にやっちゃったってことですか!」
「……」
王泥喜が喚くと、成歩堂はハァと深い溜息を吐き出した。
どうやら、本当に違うらしい。
ここはもっと、茜の話を聞いてみるべきだろう。
気を取り直してもう一度顔を覗き込むと、唇が微かに動いているのが見える。
何を言っているのだろう。王泥喜はそっと口元に耳を寄せた。
―成歩堂、弁護士バッジ、七年前、牙琉検事。
彼女から聞き取れた言葉は、とても断続的なものだったけれど、何を指しているのかは、すぐに解かった。
成歩堂が弁護士バッジを剥奪された、あの事件。
そう言えば、初めて会ったときも嘆いていたっけ。
きっと、すごくショックだったんだろう。
成歩堂弁護士には救われたって、言っていたし。
これは、ますます放っておけない。
「と、とにかく、ここ出ましょう。茜さん連れて」
「そうだね」
王泥喜の言葉に頷くと、成歩堂は茜を抱き抱えるように立ち上がらせて、店を出た。
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