形勢逆転1




真夜中に突然着信音が鳴り響いて、王泥喜は慌てて携帯を手に取った。

「も、もしもし!」

慌しく通話ボタンを押すと、騒がしい音楽やざわめきに紛れて、聞き覚えるのある人物の声がした。

『おデコくんかい?』
「…!牙琉検事?どうしたんですか、こんな夜中に…」

一体、何の用だろう。
心当たりがなくて首を傾げていると、電話の向こう側から、深い溜息が聞こえて来た。

『どうしたも何もない、参ったよ、本当に』
「は……?」

訝しげな声を上げると、心底困り果てたように響也が返す。

『今、ちょっとクラブみたいなところにいるんだけどさ』
「は、はい」

クラブ?まさか、飲みの誘いとか?
だったらちょっと勘弁して欲しい。
一瞬でそんなことを考えて眉を顰めた王泥喜だったけれど、響也の台詞は想像とは全く違うものだった。

『刑事クン、引き取りに来てくれないかな、きみのところの薄汚れた先生と一緒に』
「……は?」

刑事クンて…。

(あ、茜さん?!)

あまりに意外な内容に、王泥喜は裏返った声を上げてしまった。

とにかく、詳しい事情は解からないけれど、何だか放っておけない雰囲気だ。
響也の声はしっかりしていて、とても酔っている感じではないし。
何よりも、成歩堂と一緒に来い、と言うのが気になる。
この前のこともあるし、何だか気が気ではない。
その日、珍しく事務所に帰って来ていた成歩堂を叩き起こして、王泥喜は響也の言う店まで掛け付けた。



気乗りしない感じの成歩堂をずるずる引き摺りながら。
大音量の音楽と、独特の匂いと馴染まない雰囲気が溢れる中、人を掻き分けて奥に進む。
響也の金色の頭と特徴のある髪型はすぐに目に留まった。
こんなに人がいても、彼は凄く目立つ。
と言うか、周りに一番女の子が群れているのでよく解かる。

「が、牙琉検事!!」

女の子の壁を乗り越えて、声を張り上げると気付いた響也が手招きしてくれた。

「ああ、こっちだよ。おデコくん」
「は、はい」

彼が指差したカウンターの一番奥の席、言われるままそこに向かって足を進めると、見覚えのある人物がぐったりと突っ伏しているのが見えた。

「あ、茜さん!?」

(こんなことろで、何やってるんだ!?)

すぐ側まで寄って声を掛けても、何の反応もない。

「茜さん!どうしたんですか?」

顔を覗き込むと、かなり酔っ払っていることはすぐに解かった。

「参ったよ。彼女、後から来て一人で飲んでたんだけど…凄い無茶な飲み方をしているから気になってね」
「…そ、そうだったんですか」
「でも、止めても全然聞かないんだよ。で…暫くしてこの通り潰れてしまってね。送って行こうと思っても、成歩堂さん、て…そればっかりでさ」
「ええ……?」

王泥喜は何だか嫌な汗がおデコを伝うような気がした。

「な、な、成歩堂さん!一体何をしちゃたんですか!」

バン!とテーブルを叩いて怒鳴ると、成歩堂は小さく肩を竦めた。

「言いがかりだよ、オドロキくん」
「で、でも…!」
「あのさ、そう言うことは後でやってくれよ。ま、とにかく、このままにしておけないだろう?よろしく頼むよ、おデコくん」
「え、ちょっ…」

そう言うと、響也は王泥喜の肩にポンと手を置いて、そのまま行ってしまった。
すぐさま女の子たちに囲まれる姿を見て、何だか微妙な気分になる。
でも、今はそれどころじゃない。
知らせてくれた響也には感謝しなくてはいけないだろう。

「茜さん!しっかりして下さい!」

取り敢えず、何度か肩を揺さ振って起こそうと試みる。
でも、彼女は動く気配がない。
突っ伏した腕の側には、空っぽのかりんとうの袋が数枚散らばっている。
それにしても、つまみにかりんとうとは…。

(って、そんなことどうでもいい)

「茜さんっ」

尚も自慢の大声を駆使して呼んだけれど、やっぱり茜は起きなかった。
でも。

「茜ちゃん、大丈夫かい?」

横から顔を出した成歩堂が、優しい声で呼び掛けた、途端。
今まで微動だにしなかった彼女がぴくっと動いて、顔をこちらに向けた。

「う、ん…なるほどう…さん?」
「……!」

(す、すげェ!)

王泥喜が感激する中、続いて物凄くだるそうな声が聞こえて来た。

「成歩堂さん…」

いつもきりっとした印象があるので、凄いギャップだ。
茜がこんなになるなんて、一体どうして…。

「茜さん、具合どうですか?大丈夫ですか」
「あんまり、良くない。気持ち悪い…」
「こんな飲み方するからですよ!」
「だって、成歩堂…さんが…」
「え……?」

王泥喜は目を見開いて成歩堂に顔を向けた。

「や、やっぱりあなたが何か…」
「いや。ぼくは何もしてないと思うけどなぁ、多分」
「た、多分て!無意識にやっちゃったってことですか!」
「……」

王泥喜が喚くと、成歩堂はハァと深い溜息を吐き出した。
どうやら、本当に違うらしい。
ここはもっと、茜の話を聞いてみるべきだろう。
気を取り直してもう一度顔を覗き込むと、唇が微かに動いているのが見える。
何を言っているのだろう。王泥喜はそっと口元に耳を寄せた。
―成歩堂、弁護士バッジ、七年前、牙琉検事。
彼女から聞き取れた言葉は、とても断続的なものだったけれど、何を指しているのかは、すぐに解かった。
成歩堂が弁護士バッジを剥奪された、あの事件。
そう言えば、初めて会ったときも嘆いていたっけ。
きっと、すごくショックだったんだろう。
成歩堂弁護士には救われたって、言っていたし。
これは、ますます放っておけない。

「と、とにかく、ここ出ましょう。茜さん連れて」
「そうだね」

王泥喜の言葉に頷くと、成歩堂は茜を抱き抱えるように立ち上がらせて、店を出た。



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