形勢逆転2




「茜ちゃん、もう大丈夫だからね」
「なるほどう…さん」

外に出るまでの間、まだあまり意識のない茜に、成歩堂が気遣うように言葉を掛けている。

(成歩堂さん、何だかんだ言って茜さんにも優しいんだな)

その様子を見て、王泥喜は何だか少しドキドキしてしまった。
成歩堂は春美と付き合っているのだし、みぬきのことを思うと色々複雑なので、そんなことを思うのは不謹慎かも知れないけど。

(もしかしたら、まんざらでもないのかな…)

でも、そんな甘い感傷はすぐに打ち破られてしまった。
クラブは地下にあったので、階段を数段上がって、外に出た途端。

「疲れた…」
「は……?」
「きみ、負ぶってあげてよ」
「え……」

そう言うと、成歩堂は問答無用で茜を王泥喜の背中に背負わせた。

「な、成歩堂さん……」

どっと背中に圧し掛かって来た重さに、恨みがましい視線を向けると、彼はあらぬ方向を向いてしまった。

「すまないね、オドロキくん。ぼく、体力あんまりないから」
「ま、まぁ、仕方ないですね」

このまま、と言う訳にも行かないし。

「どうしますか?取り敢えず、事務所に…」
「うん、そうだね。それがいいかな…」

そう言うことになって、事務所へ向かう途中も。
ずっと、成歩堂さんなんて、とか、牙琉検事のバカ〜、とか…うわ言のように呟くので、何だか茜が気の毒になってしまった。
そんな苦労を経て、ようやく事務所に着くと、王泥喜は彼女をソファに寝かせてやった。
みぬきは熟睡しているのか、起きてくる気配はない。
一先ず少しホッとして、王泥喜は考え込むように腕を組んだ。

ここは…ちょっと、二人きりにしてあげた方が良いのだろうか。
茜の為に…。いや、それもあるけれど。
単純な、興味と言うか。

「あ、あの、成歩堂さん。俺、毛布とか飲み物とか用意して来ますから。茜さんのこと、少し看ていて下さい」
「ああ、うん。解かったよ」

成歩堂が頷くのを確認して、王泥喜はそっと奥の部屋へと足を進めた。
それから、猛ダッシュで毛布を引っ張り出して、目にも止まらぬ早さでお茶をカップに注いだ後に、扉から顔を覗かせてみる。
部屋の中央には、ソファに横になっている茜の頭の方、その肘宛の部分に、成歩堂が腰を下ろしているのが見えた。

「少しは、楽になった?茜ちゃん」

彼が話し掛けると、茜は力なく首を横に振った。

「いえ、まだ…です。それに、何だか…さっきより苦しくて…」
「大丈夫かい?苦しいって、どこが…?」

弱々しい声に、成歩堂も心配になったのか、身を乗り出して様子を伺っている。

(大丈夫かな、茜さん)

無茶な飲み方をしていると言ってたし、急性アルコール中毒、なんてことはないだろうか。
心配で胸がいっぱいになった、その途端。
不意に、茜の手がゆっくりと持ち上がって、成歩堂の手首をガシっと捕まえた。

「……?!」

(何だ……?)

具合が悪いので、何かに縋り付きたいのだろうか。
でも、この雰囲気…。何だか、違うような…。
息を飲む王泥喜を他所に、蚊の鳴くような彼女の声は続く。

「ここ…が、苦しいです」

ここって…。

(手首?いや、手首は苦しいとかじゃないだろう)

じゃあ一体、どこ…。
頭に思い浮かんだ思いを、王泥喜は言葉にすることが出来なかった。
次の瞬間。
一体何を思ったのか、茜は先ほど掴んだ成歩堂の手をぐい、と自分の方へ引っ張り、そのまま胸元にぎゅむっと押し当てたのだ。

(……!!!!)

王泥喜は思わず悲鳴を上げそうになって、慌てて両手で口元を覆った。

(あ、茜さん!!!な、な、な、何をっっ?!!)

目を凝らして見ると、成歩堂の手が、確実に茜の胸にもろに触れている。
きっと、彼は今、あの柔らかいむにっとした感触を存分に味わっているに違いない。

(って、そうじゃないだろ!!)

そんなことを暢気に羨ましがっている場合ではない。
このまま二人が良い雰囲気になってしまったら、一体自分はどうしたら良いのだ?!
けれど、当の成歩堂は動揺している素振りも何も全くない。
それに、茜も。ただ、苦しそうに息を吐いているだけだ。

「凄い痛いし、気持ち悪いんです…」
「少し休めば大丈夫だよ、茜ちゃん」

二人の会話に、王泥喜はがくりと肩の力が抜けたような気がした。
そうだ、何をこんなに意識することが…。
彼女はこんな状態だから、きっと、他意はないんだ、他意は。
それなのにこんなに動揺するなんて。
まるでこちらに下心があるようではないか…。
平常心、平常心だ。
が…。一人悶々と自分と格闘する王泥喜にお構いなく、茜はダルそうな動きでゆらりと起き上がると、急に白衣に手を掛けていそいそとそれを脱ぎ始めた。

「何か、暑い…」

(……え)

耳に飛び込んで来た言葉にぎょっとしたように目を剥くと、彼女はガバっと白衣を脱ぎ捨て、ついでに中に着ていたベストのボタンまで外し始めた。

(ちょ、ちょっと待った!!い、異議ありっ!!)

胸中で異議を申し立ててもどうしようもない。
でも、これには流石の成歩堂も驚いたのか。
彼は素早く手を伸ばして、ベルトにまで掛かっていた茜の手を、寸でのところで捕まえた。



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