こんな風に一緒に酒を飲むのは、もうこれで何度目だろう。
何杯かグラスを空にして、心地良い酔いが体中に回っている。
火照った頬に手の平を当てると、少し気持ち良い。
と言っても、飲んでいるのは自分だけなのだけど…。
御剣の方から呼び出しておいて、彼は何故か一口も酒に手を出さなかった。
何を考えているのか解からないけれど、自分には関係ない。
もう少しだけ飲もうとグラスに伸ばした手が、不意に不躾な仕草で掴まれた。
「今日はその辺にしておけ」
御剣が、咎めるような目でこちらを見ている。
知らないふりで、そのままグラスに口を付けようとすると、先ほどよりも強く掴まれた。
「大分酔っているな、もう帰ろう。送って行く」
「……!一人で帰れるよ!」
そのまま、無理矢理手を引いて立たせられて、成歩堂は咄嗟に彼の手を振り解いた。
「いいから、来い」
「痛……っ」
ぐい、と痛いほど強く腕を引かれる。
抗う間も無く、店の外に引きずり出されて、彼の車の中に押し込まれてしまった。
「何するんだよ」
素早く反対側の扉から運転席に乗り込んだ御剣に、すぐさま抗議の声を上げる。
でも、彼は眉一つ動かさず、そのまま車を発進させてしまった。
「ちょっと、待てよ!降ろせって!」
「降りたいなら、勝手に降りればいい」
「御剣…っ!」
呼び声を無視して、御剣の車は走る速さを増した。
降りられないと解かっていて、意地の悪い台詞。
暗にこのまま乗っていろと言っているようなものだ。
なのに、怒りの声を上げることが出来ない。
成歩堂は黙り込んでぎゅっと唇を噛み締めた。
以前は、こうじゃなかった。
こんなこと、普通だったら何でもないし、第一御剣がこう言う行動に出ることもなかった。
全部変わったのは、あの時からだ。
酔っていたと言うだけでは説明の付かない行動。
あの時掴まれた手首の痛みとか、首筋に触れた御剣の唇の感触とか、今でも鮮明に思い出してしまって、普通になんて出来るはずない。
でも、表面上は何事もなかったようにしていたかった。
勿論、気にならない訳じゃない。
寧ろ、考え過ぎてどうにかなってしまいそうだ。
それなのに彼は謝ることも弁解することもしないで、こうして成歩堂に接しようとする。
一体何を考えているのか。
今は、もしかしたら問い質す良い機会なのかも知れない。
成歩堂はごくりと喉を鳴らすと、隣でハンドルを握り締めている御剣に目をやった。
長めの前髪から覗く彼の目も表情も、いつもと何も変わらない。
この彼があんなことをしたなんて、未だに信じられないのに…。
「あのさ、御剣…」
どうしても堪えきれなくなって、意を決して呼び掛けると、彼は視線だけをこちらに向けた。
何気ない反応なのに、御剣の目に捕らえられただけで、何故かどきりとする。
動揺を隠すように、成歩堂は思わず顔を伏せた。
「きみは…」
そのまま、独り言のように呟いてみる。
「きみは、何であんなことしたんだ?」
「……」
一瞬だけ、御剣が小さく息を飲むのが聞こえた。
けれど、それ以上言葉は何も返って来なかった。
かなり勇気を出して尋ねてみたのに、求めていた答えがないのは、何だか切ない。
でも、それ以上口を開く気にもならなくて、成歩堂も顔を伏せて黙り込んだ。
聞かなければ良かった。沈黙が気まずい。
早く家に着いてしまえばいい。
ずっとそんなことを考えて俯いていた成歩堂は、やがて、妙な違和感に気付いた。
何かがおかしい。
慌てて顔を上げると、窓の外を流れる景色がいつもと違う。
それもそのはず。
御剣が向かっているのは、成歩堂の家の方向ではなかった。
それに、彼の家の方でもない。
訳の解からない不安が生まれて、成歩堂は焦って声を上げた。
「御剣?」
「……」
でも、彼から答えはない。
「待てって、御剣!どこ、行くんだよ!」
先ほどよりも声を荒げると、御剣からは冷たい声が返って来た。
「黙って乗っていろ」
「……!」
静かな迫力を感じて、思わず口を閉ざす。
有無を言わさない彼の雰囲気と、どんどん家から離れて行く外の景色に、胸中に込み上げた不安がじわじわと大きくなって行く。
それなのに、何故か本気で逃げ出すことはできそうもなかった。
暫くの間、知らない道をひたすら走って、彼はようやく車を止めた。
着いたのは、人気のない真っ暗な場所。
何故こんなところに?
眉を寄せた途端、隣で御剣が動く気配がした。
ハッとして顔を上げると、狭い車内で彼がこちらに覆い被さるように身を寄せるのが見えた。
ただでさえ暗い視界が彼の肢体で遮られて、一瞬真っ暗になる。
「みつ、…んっ!」
戸惑いを感じて開きかけた唇が、直後、ぐっと押し付けられた彼のもので塞がれた。
「ん、ん…っ!」
久し振りの彼の感触。あの時と同じだ。
息も満足に出来ないくらい激しく貪られて、頭の中が混乱する。
潜り込んで来た舌がゆっくりと口内を舐め上げて、逃げる舌を掬って吸い上げる。
もがこうとしても、上手く行かない。
掴まれたままの手首が、ぎり、と力を込められて痛みを小さな訴える。
「や、止めろ!御剣…っ!」
暫くして、ようやく逃れることが出来たけれど、息はすっかり上がってしまって、どくどくと心臓の音が煩い。
大きなフロントのガラスは、二人が吐き出す息の温かさで薄っすらと曇っていた。
「い、いきなり何するんだよ!」
「きみが、あんなことを言うからだ」
「……?」
眉を顰める成歩堂にお構いなく、御剣は更に行為を進めようとする。
再び彼の熱が降って来て、首筋にじわりと濡れた感触がした。
「…ん、っ」
ぞく、と痺れが走って肌が粟立つ。
このままでは、いけない。
必死で顔を逸らして逃れると、成歩堂は声を荒げた。
「御剣、止めろって!さっきの質問に答えろよ!」
「……」
「何で、あんなことしたんだよ…!」
再び彼を引き剥がそうとした手首が、強い力で掴まれた。
そのままぎゅっと力を込められて、びく、と身を震わせる。
続いて、この状況に似つかわしくない、至って穏やかな声がした。
「なら、きみこそ…。何故その私と、こうして一緒にいるのだ」
「……!」
「私が今日誘ったときにも、すぐにやって来たではないか」
「そ、それは…っ」
逆に問い掛けられて、成歩堂はぐっと言葉を飲み込んだ。
答えられない。
言葉が出て来ない。
薄々、気付いてはいるけれど、そんなの、認めたくない。
そう思って、唇を噛んだ直後。
「うわっ!」
いきなり衝撃が来て体が後方に倒れ、成歩堂は驚きの声を上げた。
座席の横に忍び込んだ御剣の手が、レバーを最大限に引いたのだ。
自分の体の重みで後ろに倒れ込み、その上に彼の体が圧し掛かって来た。
ぴたりと重ねられた肢体の重さに、恐怖に似た感情が走る。
逃げ出す隙間もなく目を見開く成歩堂を余所に、御剣は衣服を掻き分けて体中を弄り出した。
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