溺れる1




今日は、何が何でも、一軒目で帰る。
この居酒屋で飲み始めてからこっち、成歩堂は出掛けに心に決めた決意を、改めて繰り返していた。

矢張から、食事も兼ねて一緒に飲みに行こう、と誘いのメールが来たのは、数時間前のこと。
待ち合わせをして、馴染みの店に入って、何杯かビールのジョッキを空にした。
ほどよく酔っているけれど、意識ははっきりしている。

(よし、ここまでは順調だ)

上機嫌な矢張の話に相槌を打ちながら、成歩堂は胸中でそんな呟きを漏らしていた。
そう、ここまでは問題ない。
大事なのは、これから…。
取り敢えずお腹も満たされたので、二人は会計を済ませて店を出た。
そこで、すかさず矢張が切り出す。

「なぁ、何か…飲み足りなくないか?」

言いながら、彼は成歩堂の肩にぐいと腕を回した。
二軒目への、誘い。

(やっぱり、そう来たか)

こんなことは余裕で想定していたので、成歩堂は動じることなくあっさりと断った。

「ぼくはもう十分だよ。明日も仕事だし。これで帰るから」
「何だよー。付き合い悪いぞ、成歩堂」

思い切り不服そうに言われても、決意を崩すわけには行かない。
何故なら、そこからなし崩しになってしまうのが、目に見えているからだ。
前回は、それで大変な目に遭った。
心を鬼にして、くるりと背中を向けて帰ろうとすると、矢張が隣に並んで歩き出した。

「じゃあ、送るからよ」
「…?!いっ、いいよ!」

こう来ることは、予想してなかった。
そんなことをされては、計画が狂ってしまう。
成歩堂は慌てて首を振ったが、矢張はこちらの声など全く聞いてないのか、そのまま陽気な様子で付いてきた。

(まずい…)

これは、何だかちょっと嫌な感じだ。
いや、でも。元々の計画は、一軒目で帰る、だったから。
大丈夫だ。まだまだ続行中だ。
取り敢えず、玄関先で帰ってもらえば、問題ない。
気を取り直して、成歩堂は矢張と肩を並べたまま自宅への道を歩き出した。



「じゃあ、また…」

自宅の前に付くと、なるべく素っ気無く言って、鍵を開ける。
続いて、扉のノブを捻ろうとすると、その手ががしりと掴まれた。

「成歩堂…」
「……!」

名前を呼ばれて振り向いた途端、ぐいと顔を近付けられて、成歩堂は咄嗟に腕を突っ張って彼の体を寄せないようにした。
その行動に、間近にあった矢張の表情が、一気に不満で満ちる。

「何で止めるんだよ!」
「な、何でって…するつもりだろ?その…キ、キスを」
「当たり前じゃんか!手、退けろよ」
「い、嫌だ!今日は絶対しないからな!」
「何でだよ!?キスくらい、いいじゃねぇか!」
「キスくらいでも駄目だ!」

ここで気を許しては、何もかもお終いだ。
今までの経験で、もう嫌と言うほど解かっている。
ぐいぐい顔を寄せようとする矢張に、成歩堂は必死に腕を突っ張って抵抗を試みた。
やがて、彼の力が弱まって、諦めてくれたのかと思ったが・・・。

「お前…この間、お前も俺のこと好きだって言ってくれたのに」
「……う」

彼はなかなかしぶとかった。
あっさりと作戦を強行から泣き落としに変え、尚も迫ってくる。

「あの時のあれは、嘘だったんだな。成歩堂…」
「い、いやいや!それとこれとは…」
「もう、俺…ショックで死ぬからよ」
「ま、待て待て!お前のこと、す、好きじゃない訳じゃないから!」

本当に死にそうにか弱い声に、慌ててフォローすると。
矢張はパッと顔を上げ、今までの悲しげな顔などなかったように、にこりと笑った。

「じゃあ、いいんだよな」
「……え」
「な?成歩堂」
「……う」

成歩堂が戸惑っていると、矢張はぎゅっと肩を掴んで、真摯な目をこちらに向けた。

「絶対絶対、キスしたら帰るから」
「……!ほ、本当だな…?」
「おう、勿論だぜ!成歩堂」

ビシっと立てた親指を突きつけられて、成歩堂は力なく肩を落とし、渋々頷いた。



何だか、まずいんじゃないか。
これは、まんまといつものパターンのような気がする。
何処で間違ったんだろう。
明かりもつけず、転がり込むように部屋に入って、靴を履いたまま。

「んっ、ん……」

玄関先で、成歩堂と矢張は身を寄せて、もつれ合うように立っていた。
扉を閉めた途端、壁に勢い良く押し付けられて、あちこち打ち付けて痛いのだけど…。
すぐさま降って来たキスに、文句を言う暇もない。
酒のせいか、少し火照ったように熱い矢張の腕が、成歩堂の体を抱きすくめて、貪るように唇を塞いでいた。
何度か唇に甘く噛み付かれて、息が上がったところで、舌が口内に侵入して来る。

「……ん」

やがて、何度もそうしている内に、唾液が絡まる濡れた音が、静かな真夜中の部屋にやたらと大きく響いて、羞恥を煽る。
抵抗するように、軽く彼の舌を自分ので押し返そうとしても、上手く行かない。
いつの間にか、両足の間に矢張が足を入れ、そこが左右に割られる。
慌てて足を閉じようとしたけどもう遅くて、体ごと押し込んで来た矢張と、更にぴったり密着する形になってしまった。

「んっ、お前っ…しつこいよ!もういいだろ?」

ついに耐え切れなくなって、成歩堂は無理矢理首を振ってキスから逃れた。
段々と暗闇に目が慣れて来て、不満そうな矢張の顔が視界の中に浮き上がる。
腕を掴んで引き剥がそうとすると、彼は駄々っ子のように首を振った。

「やだ。まだまだ全然足りない」
「お前、キスしたら帰るって…」
「何だよ、その通りだろ。キスだけしか、してないじゃんか」
「う……」

確かに、そうなのだが。でも、こんなにするとは。
しまった。一回したら帰る、にすれば良かった。
今更そんなことに気が付いても、もう遅い。

「ちょっと、待てって、…ん!」

抗う間も無く再び唇を塞がれて、成歩堂は切羽詰った声を上げた。
やがて、襟元に矢張の手が掛かって、びくりと身を揺らす。
ネクタイが彼の左手で緩められ、シャツのボタンが二、三個外されて、焦って身を捩った。

「矢張…っ!お前、話が違…」
「…それは、お前の方だろ!」
「…っ!!」

中心に伸びた手が、先ほどまでの深いキスで昂ぶりを見せていた場所を弄る。
僅かでも反応していたことを見透かされて、成歩堂は羞恥にカァっと顔を染めた。
こちらが黙り込んだのを良いことに、矢張の手が尚も服越しにそこをなぞり出す。

「ちょっ、ちょっと待て!止めろよ!シャワーくらい浴びさせろって!」

黙っていては、このまま強行される。
そう思っての台詞だったのだけど。
それを口にした時点で、彼の行為を容認している以外の、何者でもない。
言ってから、しまったと思ったけれど、もう遅かった。

「それもそうだよなぁ。じゃあ、俺先に入っていい?」
「……」

にこりと嬉しそうに笑い掛けられて、成歩堂はハァ〜と深い溜息を吐いた。



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