今日は、何が何でも、一軒目で帰る。
この居酒屋で飲み始めてからこっち、成歩堂は出掛けに心に決めた決意を、改めて繰り返していた。
矢張から、食事も兼ねて一緒に飲みに行こう、と誘いのメールが来たのは、数時間前のこと。
待ち合わせをして、馴染みの店に入って、何杯かビールのジョッキを空にした。
ほどよく酔っているけれど、意識ははっきりしている。
(よし、ここまでは順調だ)
上機嫌な矢張の話に相槌を打ちながら、成歩堂は胸中でそんな呟きを漏らしていた。
そう、ここまでは問題ない。
大事なのは、これから…。
取り敢えずお腹も満たされたので、二人は会計を済ませて店を出た。
そこで、すかさず矢張が切り出す。
「なぁ、何か…飲み足りなくないか?」
言いながら、彼は成歩堂の肩にぐいと腕を回した。
二軒目への、誘い。
(やっぱり、そう来たか)
こんなことは余裕で想定していたので、成歩堂は動じることなくあっさりと断った。
「ぼくはもう十分だよ。明日も仕事だし。これで帰るから」
「何だよー。付き合い悪いぞ、成歩堂」
思い切り不服そうに言われても、決意を崩すわけには行かない。
何故なら、そこからなし崩しになってしまうのが、目に見えているからだ。
前回は、それで大変な目に遭った。
心を鬼にして、くるりと背中を向けて帰ろうとすると、矢張が隣に並んで歩き出した。
「じゃあ、送るからよ」
「…?!いっ、いいよ!」
こう来ることは、予想してなかった。
そんなことをされては、計画が狂ってしまう。
成歩堂は慌てて首を振ったが、矢張はこちらの声など全く聞いてないのか、そのまま陽気な様子で付いてきた。
(まずい…)
これは、何だかちょっと嫌な感じだ。
いや、でも。元々の計画は、一軒目で帰る、だったから。
大丈夫だ。まだまだ続行中だ。
取り敢えず、玄関先で帰ってもらえば、問題ない。
気を取り直して、成歩堂は矢張と肩を並べたまま自宅への道を歩き出した。
「じゃあ、また…」
自宅の前に付くと、なるべく素っ気無く言って、鍵を開ける。
続いて、扉のノブを捻ろうとすると、その手ががしりと掴まれた。
「成歩堂…」
「……!」
名前を呼ばれて振り向いた途端、ぐいと顔を近付けられて、成歩堂は咄嗟に腕を突っ張って彼の体を寄せないようにした。
その行動に、間近にあった矢張の表情が、一気に不満で満ちる。
「何で止めるんだよ!」
「な、何でって…するつもりだろ?その…キ、キスを」
「当たり前じゃんか!手、退けろよ」
「い、嫌だ!今日は絶対しないからな!」
「何でだよ!?キスくらい、いいじゃねぇか!」
「キスくらいでも駄目だ!」
ここで気を許しては、何もかもお終いだ。
今までの経験で、もう嫌と言うほど解かっている。
ぐいぐい顔を寄せようとする矢張に、成歩堂は必死に腕を突っ張って抵抗を試みた。
やがて、彼の力が弱まって、諦めてくれたのかと思ったが・・・。
「お前…この間、お前も俺のこと好きだって言ってくれたのに」
「……う」
彼はなかなかしぶとかった。
あっさりと作戦を強行から泣き落としに変え、尚も迫ってくる。
「あの時のあれは、嘘だったんだな。成歩堂…」
「い、いやいや!それとこれとは…」
「もう、俺…ショックで死ぬからよ」
「ま、待て待て!お前のこと、す、好きじゃない訳じゃないから!」
本当に死にそうにか弱い声に、慌ててフォローすると。
矢張はパッと顔を上げ、今までの悲しげな顔などなかったように、にこりと笑った。
「じゃあ、いいんだよな」
「……え」
「な?成歩堂」
「……う」
成歩堂が戸惑っていると、矢張はぎゅっと肩を掴んで、真摯な目をこちらに向けた。
「絶対絶対、キスしたら帰るから」
「……!ほ、本当だな…?」
「おう、勿論だぜ!成歩堂」
ビシっと立てた親指を突きつけられて、成歩堂は力なく肩を落とし、渋々頷いた。
何だか、まずいんじゃないか。
これは、まんまといつものパターンのような気がする。
何処で間違ったんだろう。
明かりもつけず、転がり込むように部屋に入って、靴を履いたまま。
「んっ、ん……」
玄関先で、成歩堂と矢張は身を寄せて、もつれ合うように立っていた。
扉を閉めた途端、壁に勢い良く押し付けられて、あちこち打ち付けて痛いのだけど…。
すぐさま降って来たキスに、文句を言う暇もない。
酒のせいか、少し火照ったように熱い矢張の腕が、成歩堂の体を抱きすくめて、貪るように唇を塞いでいた。
何度か唇に甘く噛み付かれて、息が上がったところで、舌が口内に侵入して来る。
「……ん」
やがて、何度もそうしている内に、唾液が絡まる濡れた音が、静かな真夜中の部屋にやたらと大きく響いて、羞恥を煽る。
抵抗するように、軽く彼の舌を自分ので押し返そうとしても、上手く行かない。
いつの間にか、両足の間に矢張が足を入れ、そこが左右に割られる。
慌てて足を閉じようとしたけどもう遅くて、体ごと押し込んで来た矢張と、更にぴったり密着する形になってしまった。
「んっ、お前っ…しつこいよ!もういいだろ?」
ついに耐え切れなくなって、成歩堂は無理矢理首を振ってキスから逃れた。
段々と暗闇に目が慣れて来て、不満そうな矢張の顔が視界の中に浮き上がる。
腕を掴んで引き剥がそうとすると、彼は駄々っ子のように首を振った。
「やだ。まだまだ全然足りない」
「お前、キスしたら帰るって…」
「何だよ、その通りだろ。キスだけしか、してないじゃんか」
「う……」
確かに、そうなのだが。でも、こんなにするとは。
しまった。一回したら帰る、にすれば良かった。
今更そんなことに気が付いても、もう遅い。
「ちょっと、待てって、…ん!」
抗う間も無く再び唇を塞がれて、成歩堂は切羽詰った声を上げた。
やがて、襟元に矢張の手が掛かって、びくりと身を揺らす。
ネクタイが彼の左手で緩められ、シャツのボタンが二、三個外されて、焦って身を捩った。
「矢張…っ!お前、話が違…」
「…それは、お前の方だろ!」
「…っ!!」
中心に伸びた手が、先ほどまでの深いキスで昂ぶりを見せていた場所を弄る。
僅かでも反応していたことを見透かされて、成歩堂は羞恥にカァっと顔を染めた。
こちらが黙り込んだのを良いことに、矢張の手が尚も服越しにそこをなぞり出す。
「ちょっ、ちょっと待て!止めろよ!シャワーくらい浴びさせろって!」
黙っていては、このまま強行される。
そう思っての台詞だったのだけど。
それを口にした時点で、彼の行為を容認している以外の、何者でもない。
言ってから、しまったと思ったけれど、もう遅かった。
「それもそうだよなぁ。じゃあ、俺先に入っていい?」
「……」
にこりと嬉しそうに笑い掛けられて、成歩堂はハァ〜と深い溜息を吐いた。
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