その後、自分と入れ代りでバスルームに向かう成歩堂の姿を見送って、王泥喜は深々と溜息を付いた。
ソファに身を投げ出すと、クッションを抱え込んで顔を埋める。
ホテル…。
自分が今いる場所を思うと、どうしても、落ち着かない。
しかも、成歩堂と二人きり。
あの日のことを、思い出さない訳がない。
そりゃ、あの時入ったようなのじゃなく、これはごく普通のホテルだけど…。
思い出すなと言うほうがムリだ。
そんなことを考えつつ、ぎこちない動きで佇んでいると、シャワーを浴び終えた成歩堂が、バスルームから出て来て声を上げた。
「でも、本当に助かったよ、オドロキくん」
「……!い、いえ。全部、牙琉検事のお陰です」
「でもきみ、大声で叫んでくれたじゃないか。発声練習も役に立つんだね」
「そんなこと…」
本当に、そんなことない。
からかうような成歩堂の口調に、王泥喜は唇を噛んだ。
(何もかも、牙琉検事のお陰だ)
そう思うと、ありがたい反面、ちょっと悔しい…。
でも、不貞腐れてる暇はなかった。
牙琉検事のくれた機会、ちゃんと生かさなくては…。
まだ顔を上げるのが恥ずかしくて、王泥喜は俯いたまま、ぼそりと口を開いた。
「あの、成歩堂さんは…何で、あんなところにいたんですか」
「ああ、うん。ちょっとね…」
返って来た答えは、何となく予想していたものの、王泥喜を少なからず失望させた。
(ちょっと…って…)
心配して、必死で探し回ったのに、それはないだろう。
そりゃ、過剰に心配してしまったのかも知れないけど。
少しも頼りにしていないなら、あんな電話なんか…掛けて来なければいい。
何だか一瞬で、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。
色々と聞きたいことも、謝りたいこともあったのに、全部吹っ飛んで、王泥喜はぎゅっと拳を握り締めて口を開いた。
「いつもいつも…。あなたって人は、どうして…」
「…オドロキくん?」
成歩堂の気だるい目が、きょとんとしたように見開かれる。
それを見たら、本当に彼は何も解かっていないんじゃないかと思って、ますます悔しくなってしまった。
「どうして、そうなんですか!俺が一体、どんな思いでいたか!しかも、あんな、あんなヤツにも、平気で触らせたりして…!」
ああ・・・今、こんなこと言うつもりじゃなかったのに・・・。
一気に捲くし立ててしまって、ハッとする。
だいたい、王泥喜がどんな思いでいるかなんて、彼には関係ないのだから。
やっとのことで口を噤んだものの、今度は部屋に広がった沈黙が痛い。
重い口を開いて、謝罪の言葉を述べようとした瞬間、黙ってじっとこちらを見ていた成歩堂が、ゆっくりと口を開いた。
「平気じゃないよ、オドロキくん」
「……!!」
「でも…きみなら、構わないんだ」
「…な、成歩堂さん…」
予期していなかった言葉に、王泥喜は大きく目を見開いた。
『構わないよ、オドロキくん、きみなら』
あの時言われて、酷く絶望したのと、同じ言葉なのに。
何故だか、全く意味の違うものに聞えた。
いつの間にかベッドの上に腰掛けていた成歩堂が、その二つの目で尚も王泥喜を見詰める。
気のせいか、そこに誘うような色を感じて、王泥喜はふらふらと引き寄せられるように彼に身を寄せた。
そっと上に圧し掛かると、ぎしりと音がして、彼の体温がすぐ側に感じられる。
そのまま、何も言わずに顔を寄せると、王泥喜は目を閉じて、噛み付くように成歩堂の唇を塞いだ。
キスしているだけじゃ物足りないのに、少しでも唇を離すのが勿体無くて、身動きが取れない。
ぴたりと身を寄せたままで、王泥喜は不自由な両手を駆使して、少しずつ成歩堂の衣服を緩めて行った。
彼の肌に触れると、それだけで体温が上がってしまう。
まだまだ問い詰めたいことは沢山あったし、何より、言いたいことは山ほどあったのだけど。
目の前の甘い誘惑に、全部吹っ飛んでしまって、王泥喜は無我夢中で成歩堂をベッドの上に押し倒した。
「……っ」
けれど、ややして痛みを堪えるような呻きが上がって、少しだけ頭が冷える。
もしかしたら、さっきの男と揉み合ったとき、どこか痛めたのかも知れない。
それなのに、こんなことをしていいものか。
王泥喜が手を止めて躊躇していると、それに気付いたのか、組み敷かれたままで成歩堂がそっと目を上げた。
「オドロキくん…」
「は、はい」
「大丈夫だから、続けていいよ」
「…!で、でも…」
「…嫌なんだよね」
「……?」
「他のやつに色々触られ捲くったまま…って言うのは」
「え、え…?」
「消毒、してくれないかな」
「……!!」
成歩堂に聞えそうなほどに、思い切り息を飲んで、王泥喜は無言で首を縦に振った。
そこからは、もう理性なんて吹き飛んでしまって、ただ夢中だったように思う。
温かい肌に柔らかく噛み付いて、あちこちにキスを落として、快楽を引き出す。
その度に小さく上がる声に煽られて、正直もう必死だった。
部屋の中は少し薄暗いけれど、衣服を取り去ると、あの時よりもずっとはっきりと、彼の体の輪郭が浮かび上がる。
ゆっくりと両足を広げさせて、その間に体を割り入れた。
どくどくと早くなる鼓動に息苦しくなる。
あの時も、あんな無茶苦茶じゃなくて、こうして彼の顔を見て、呻き声じゃない彼の声を聞けば良かった。
そう思うと、今はどんなに丁寧にしても足りないような気がした。
「っ、は…っ」
ぎこちない動きで中を探ると、彼の内股がびく、と引き攣る。
暫く内壁を広げるようになぞっていると、突然彼の肢体が思い切り引き攣った。
背中が浮き上がって、成歩堂が咄嗟にシーツを掴んだのが見える。
「うっ、ぁ…!ちょっと、待った、オドロキくん」
「は、はい?!」
「そ、そこは…あんまり、触らないように」
「は、はい…」
あまりに敏感な反応に、少し驚いたけれど。
彼の変化を見ると、どうやら痛いだけ…ではないらしい。
今の反応は、王泥喜の好奇心をかなり刺激するものだった。
もっと、自分だけしか知らない彼がみたい。
そんな欲求が、征服欲以上にむくむくと込み上げて、行動を掻き立てる。
あんまり触るなと言うことは、少しなら良いと言うことで…。
「ぅ……っ!」
優しく、指の腹でなぞるように刺激を与えると、再び成歩堂はびく、と肢体を仰け反らせた。
「ん、ぅ…っ、ぅあ…っ」
そのまま、慎重に撫でていると、成歩堂の唇は、抗議も忘れて掠れた声を上げる。
それがあまりにも扇情的で、どうにかなるかと思ってしまった。
やがて、ぎゅっと内壁が縮こまって、ぽたぽたと溢れた体液が王泥喜の手を伝って滴り落ちた。
「成歩堂さん…」
「はぁ、は…」
呼吸も整わず、苦しそうに肩を上下させる彼に、夢中で口付ける。
頭の中は蕩けて、何だか夢でも見ているみたいな気持ちだった。
もう、こちらも限界だ。
躊躇わずに成歩堂の両足を抱えあげると、王泥喜はその奥に身を進めた。
―オドロキくん、きみだからだよ。
柔らかく突き上げている間も、ずっと頭の中にその言葉が何度も何度も繰り返し過ぎった。
こんなの、ありえない。きっと、これこそ都合のいい夢だ。
でも。
今は覚めた後のことなんか考えず、この心地良いものに夢中になっていたいと思った。
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