それから、数時間後…。
「だからさ…ぼくの友人が…」
「それは解かりましたよ!女の人にふられてヤケ酒して、成歩堂さんが呼び出されたんでしょう?」
二人はベッドの上に身を投げ出して、何度も同じ会話を繰り返していた。
どうも会話が噛み合わない。
今王泥喜は、あの日…牙琉検事が見かけた成歩堂の行動について、聞き出そうとしていたのだが。
わざと焦らしてとぼけているのか、それとも天然か。
成歩堂から情報を引き出すのは至難の業だった。
「俺が知りたいのは、その先です!一体何で、ホテルになんか…!」
「ああ、それはね…彼が泥酔した上にぼくの服に吐いて、タクシーで送ってやろうにも、あの外見じゃどうしようもなかったから…近くで休むしか選択肢がなかったんだよ。シャワーも浴びたかったしね」
「………」
(ほ、本当にそれだけなのか…)
そう言われても、あれだけ焦れた身としては、素直に納得することが出来ない。
彼が何かを隠していないことは、解かるのだけど…。
だいたい、そんな、一緒に迷わずホテルに入るなんて、どんな人なんだろう。
「…その人、本当に…ただの友人なんですか?」
少し拗ねたように言うと、成歩堂は目を伏せて、ふわりと笑顔を作った。
「うん…。古いね。いつも厄介ごとばかり持ち込む、困ったヤツだよ」
「そう、ですか…」
その顔があんまり穏やかで、昔を懐かしむように優しかったので、王泥喜は拗ねてしまったことに後ろめたさを感じて、俯いた。
でも、まだ問い詰めることが残っているのに気付き、パッと顔を上げる。
「じゃあ!ひょうたん湖公園にいたのは?!」
「あそこには、色々思い出が詰まってるんだよ。ちょっとふらりと行きたくなることがあってね」
「…そうだったんですか」
「納得したかい?」
「…はい」
見透かされたように聞かれて、何だか頬が紅潮するような思いだった。
これじゃあまるで、子供だ。
何となく気まずいような空気が流れて、王泥喜はそのまま黙り込んだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか、オドロキくん」
「…あ、でも、牙琉検事は…」
「大丈夫だよ。多分、明日で」
「そ、そうですか…」
「さ、行こう」
「は、はい」
言われるままに頷いて、王泥喜と成歩堂はホテルの部屋を出た。
「だいたい、成歩堂さんも人が悪いですよ…ちゃんと言ってくれれば、俺だってこんなに迷わなかったのに」
帰路に着きながらも、王泥喜は不貞腐れたように、ぶつぶつとぼやきを漏らしていた。
その声に成歩堂が振り向いて、少し困ったように笑う。
「ごめん、ひょうたん湖公園て言えばすぐ解かると思ったんだけど」
「そ、そっちのことじゃないですよ!誤解してたことです!」
「ああ……」
暢気に相槌を打った彼は、突然、何事か考え込むような顔になった。
そして、パーカーに突っ込んだ手を遊ばせながら、無言になる。
「……?」
怪訝に思いつつも、後に続く言葉を待って黙り込むと、ややして彼はゆっくと口を開いた。
「だってさ…最初に言ったじゃないか」
「……え?」
(何を?)
突拍子もない台詞に、目が点になる。
王泥喜が呆然とする中、彼は更に続けて言った。
「あの海のとき…」
「う、海って…?」
「あれ?覚えてないのかい。キスしたのも?」
「え…!?お、覚えてたんですか?!成歩堂さん!?」
てっきり酔っ払って、忘れ去っているものだとばかり…。
「あの時、ちゃんと言ったんだけどなぁ…」
(え……?)
あの時、彼は、何か言ったって言うのか…?
そう言えば…。
名前を呼ばれたとき、彼が他にも何か言ったような気がする。
でも、みぬきの声やら風の音やらに邪魔されて、よく聞えなかったのだ。
一体、何て。
王泥喜が困惑していると、成歩堂は何だか人の悪そうな顔になって、意味有り気な笑みを浮かべた。
「したんだよ、告白。覚えてないなんて、酷いなぁ」
「……?!!」
(な……?!なんだって…?!!)
「好きだよ、オドロキくん…て、ちゃんとね」
「……!!!」
ボン!と頭の何処かが爆発しそうになった。
照れとか、怒りとか、困惑とか色々な要因で。
「なっ!?じゃ、じゃあ、何でその後何も言ってくれなかったんですか!!お、俺…何も…」
「だってきみ、何か全然知らないふりだし」
成歩堂は何だか拗ねたように呟くと、わざと遅れて歩き出した上、道端の小石までこつんと蹴り始めた。
冗談じゃない。
「…し、知らないフリしてた訳じゃないですよ!」
「あ〜あ、折角ぼくが、一世一代の告白をしたって言うのに、冷たいよね、きみ」
「な、何ですか、それ!!」
もう、何が何だか。
じゃあ一体、自分は今まで何をしていたというんだろう。
それに、そうなるとどうしても不可解なことがある。
「じゃあ!何で、何であの時…」
「あの時って?」
「だ、だからその、あの…。この前、行ったじゃないですか、その…ホ、ホテルに…」
「んー?声が小さいよ、オドロキくん」
「セ、セクハラオヤジですか!聞こえてるくせに!」
真っ赤になって怒鳴って、王泥喜は首を振った。
いけない、いいようにからかわれている。
気を取り直すと、再び成歩堂に詰め寄った。
「茶化さないで下さいよ!どうして抵抗しなかったんですか?俺、あんな滅茶苦茶したのに…」
「ああ、あれ…」
こちらの問いに、成歩堂は本当に気の抜けたような返事をして、少し遠くを見るような目になった。
(な、何だか…酷いことされたって自覚はない…のかな…)
いくら合意とは言え、無理矢理に近いことをしたのに・・・。
王泥喜が額に浮き出た汗を拭ってそんなことを思っていると、とんでもない返答が返って来た。
「もしかして、きみ…ああ言う趣向があるのかと思って…」
「…………は?」
あまりのことに、引き攣った声が漏れた。
それ以上は、二の句が継げない。
一体、この人は何を言っているのか。
「だから、ちょっと戸惑ったんだけど、まぁ…合わせてあげようかと」
「な、な、な…」
つまり、彼にとってあの日の出来事は、別に何てことないことだったと言う訳だ。
王泥喜が残した辞表のメモも、みぬきの計らいで彼の手には渡っていなかったし。
彼はただいつも通り、暢気に野良猫のような生活をしていたに違いない。
「全く!あなたって人は、本当に!!」
「そんなに怒鳴らないで欲しいな、ぼくだってあの時は驚いたんだから」
「も、もうその話は止めて下さいよ…!」
顔から火が出そうだ。
拘束する趣味なんて、本当はないのだから。
「そうはいかないよ、ぼくはちゃんと告白した上だったんだから…」
「あ、あんな!!酔っ払って…でろでろに潰れた上での告白なんて、無効ですよ!無効!」
「………」
王泥喜が喚くと、成歩堂は暫しの間無言になって、それから急に足を早めて、王泥喜のすぐ横まで来た。
「…解かったよ」
「……?」
きょとんとしている間にも、彼はずいっとこちらに身を寄せ。
王泥喜の耳元にぐっとその唇を触れるほど近付けると、柔らかい声で囁いた。
「好きだよ、オドロキくん」
「……!!!!」
どく!と鼓動が跳ね上がった。
一度血の気が引いて、その後一気に駆け上がる。
口から心臓が飛び出しそう…とはこう言うことなのか、と頭の何処かで思った。
「みぬきにはまだ内緒だよ」
「は、は、はい!」
朗らかに笑う成歩堂に、王泥喜はただひたすら、何度も首を縦に振った。
「オドロキさん!!お帰りなさい!」
「みぬきちゃん…!」
事務所に着くと、扉を開けるなりみぬきの全開の笑顔が飛び込んで来た。
彼女は勢い良く走って来て、がばりと王泥喜に抱き付いた。
反動で引っくり返りそうになって、みぬきごと成歩堂に支えられる。
「パパが帰って来ない間、みぬき、凄く寂しかったんですよ!」
ぎゅっとしがみ付かれて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
あんなに一生懸命引き止めてくれたのに。
それに、もし…彼女が封筒の中に写真を入れてくれなかったら、素直にはなれなかったかも知れない。
「そうだよね…一人にしたりして、ごめん」
心底済まなそうに謝ると、みぬきは一端体を離して、お説教するときのように腰に両手を当てた。
「もう!違いますよ、オドロキさん」
「……?」
「みぬきは一人だから寂しいんじゃなくて、オドロキさんがいなかったから寂しかったんです!」
「み、みぬきちゃん…」
「そうだよ、オドロキくん。アルバイトもいいけど、あんまりふらふらしないようにね」
「……!あ、あなたに言われたくないですよ!って、え…アルバイト?」
王泥喜が首を傾げると、みぬきが小さな声で耳打ちして来た。
「王泥喜さんがいない間、パパに誤魔化しておいたんです!王泥喜さんは泊り込みで家政婦のアルバイトに行ったって」
「か、家政婦の…?」
そうか。
まぁ、あながち間違っていないような気もするけど。
「ありがとう、みぬきちゃん」
「いいんです。みぬき、信じてましたから。オドロキさんは帰って来るって」
「みぬきちゃん・・・」
「その代わり、もう絶対にあんな辞め方、しないで下さいね!」
「うん、そうだね」
みぬきの機転に感謝して、王泥喜は力強く頷いた。
彼女は、成歩堂が襲われたことは何も知らないようだった。
多分、こっちはこっちで、牙琉検事か茜が機転を利かせたんだろう。
「何こそこそ話してるんだい、二人とも」
「え、いえ…」
「パパ、オドロキさんが、アルバイト代で遊園地に連れて行ってくれるって」
「えええ?!ちょっと、みぬきちゃ…」
「へぇ〜いいねぇ、是非連れて行って貰おうか」
「な、成歩堂さん…」
実際には、別に響也にお金を貰っていた訳ではないし、その上無職同然の生活をしていたので、財布の中身はかなり苦しい。
でも、せめてみぬきの為に、それくらいしてもいいかも知れない。
「じゃあ、今度皆で行きましょう」
「やったー!また牙琉検事も誘って下さいね!」
みぬきが嬉しそうにはしゃぐ中、何となく横目で成歩堂を見やると、彼も気付いてこちらを見た。
そして、にこりと笑みを浮かべる。
いつも通りの、意味有り気な微笑み。
でも。
『みぬきには内緒だよ』
何だかそう言われているような気がして、王泥喜は一人、これ以上ないほど顔を赤らめて、そっと視線をずらした。
END+
おまけ(みぬ→成)