運命のいたずら2




矢張が言うには、まず、彼は数日前にいつものように女の子にふられてしまったらしい。
今回ばかりは本気で運命の人だと思っていたので、矢張のショックは計り知れなかったそうな。
それで、ふらふらと傷心のまま街を歩いていたら、ある占い師にとっ捕まった。
占い師にしてみれば、この世の全てに見捨てられたように落ち込んでいる矢張は、これ以上ないカモだったに違いない。
手相やら人相やら、何だかんだみて貰った後、その占い師は矢張にこう言ったらしい。

『三日後、古くからの親友の元で運命の出会いがあるでしょう。その人物と口付けを交わせば、運命の赤い糸は確実なものになるのです!』

それをすっかり信じて、彼は今ここにこうしている…と言うことなのだが。
因みに、今日がその占い師の言う三日目な訳で。

「……」

成歩堂は話を聞きながら、怒りでぷつ、と何かが切れるような気がした。

「事情は解かった…」
「だろ?話が解かるよなぁ、お前は」
「事情がわかっただけだよ!お前がここにやって来たのも解かった!でも、納得出来る訳ないだろ!じゃあ、何でぼくにこんなことする必要があるんだよ!」
「だからさぁ、鈍いヤツだなぁ。真宵ちゃんだよ、真宵ちゃん。俺の運命の人って言ったら、彼女に決まってるだろ!」
「…はぁぁ?」
「だからここで待ってて、隙を見て何とかキスすればさ、彼女は俺の運命の人になる訳。で、お前に邪魔されると困るからさ」
「……」

運命とは、そう言うもので良いのだろうか。
しかも、邪魔だと言う理由だけで拘束されている自分の身を思うと、複雑極まりない。
深い溜息を吐きつつも、そんなことも矢張らしいと思うと、何だか怒りも何処かへ行ってしまった。

「あのな、矢張」
「ん?何よ」
「…どうでもいいけど、今日真宵ちゃんは来ないよ」
「な、何だって?!」
「里帰りしてるんだよ、明日まで帰らない」
「何だよそれ!聞いてないぞ!」
「そりゃ、言ってなかったからね」
「彼女の連絡先、解からないのかよ」
「真宵ちゃんの里は携帯電話が繋がらないからな。家の電話は知らないし、ぼく」

これは、幸か不幸か、事実だ。
第一彼女がここにいたとしても、矢張とそんなことになってしまっては千尋に申し訳が立たない。
その上、春美にも顔の輪郭が変るほど殴られてしまいそうだ。
何としても阻止するしかない。
それに、お目当ての本人がいないと解かれば彼も諦めて他を当たるだろう。

「解かったろ、矢張。とにかく、手、解いてくれよ」
「え、うーん。ま、そう言うことなら…」

渋々頷く矢張を見て、成歩堂はホッと吐息を漏らした。
彼が単純で本当に良かった。
これで解いて貰える。
けれど、すぐにそれは大きな勘違いだったことに気付いた。
流石に矢張は一筋縄ではいかなかった。
この、腕にぐるぐるに巻き付いたロープのように。

彼は厳重に捲いてあるロープを解く為に、寝転んだままの成歩堂の体を抱き起こして、背後に回りこんだ。
そして、暫くごそごそと動いた後、不意に困惑したような声を上げた。

「あれ…」
「な、何だよ」

何となく、嫌な予感がする。
ぎくりとして首だけ捩って背後の彼に目をやると、蒼白になっている顔が見えた。

「な、何、どうしたんだよ」
「解けない…」
「な、何だって?!」
「解けないんだよ!全然、全く。駄目だな、こりゃ」
「……!」

一体、何を言っているのか、この男は。
成歩堂は眩暈を堪えて声を荒げた。

「お前が縛ったんだろ!?何で解けないんだよ!」
「いやー…俺ってば、縛る練習しかしなかったしな、解くときのことまでは責任とれねェよ」
「ふ、ふざけるなよ!真面目にやれ!」
「やってるぜ!みてろよ、こう…力を入れて…」
「痛っ、痛いよ!更にきつくなったじゃないか!!」

ぎり、とロープが腕に食い込み更に拘束がきつくなって、成歩堂は顔を顰めた。
嫌な汗が額を伝う。

「どうしようなァ、成歩堂」
「どうしよう、じゃないだろ!!さっさとでかいハサミでも何でも買って来いよ!」
「それじゃ駄目だろ!俺が出掛けている間に誰か運命の人が来たらどうするんだよ!」
「お前の運命の人、真宵ちゃんじゃなかったのかよ」
「ま、何て言うか…それはそれ、これはこれ、だぜ!」
「……」

成歩堂は思わず絶句してしまった。
それでは、自分は今日これから、一体どうなると言うのだ。
無言で視線を送ると、彼はぐっと立ち上げた親指をこちらに突き出した。

「成歩堂!お前はやっぱり、今日一日ここでこうしててくれよな!」
「……」

成歩堂は今まで吐いたことないほど、長い長い溜息を漏らした。
こうして、自分の事務所で自分の親友に拘束されたまま一日を過ごすと言う、悪夢のような日が始まってしまった。



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