運命のいたずら5




「ま、待て!矢張、早まるな!」

必死で制止する声にもお構いなく、その場に引き倒されて、背中と腕に痛みが走った。
後ろで縛られた腕が邪魔で、完全に仰向けになることが出来ない。
中途半端なまま横倒しになった体に、矢張が上から覆い被さるように圧し掛かって来た。
足が乱暴に割られて、その間に体が押し込まれる。
このままでは、まずい。

「ちょ、ちょっと待った!矢張!喉っ!喉渇いたんだって!!」

何でもいいから彼を止めようと、成歩堂は思い浮かんだ言葉を必死で叫んだ。
途端、矢張があからさまに顔を顰める。

「何だよ、さっき飲んだだろ」
「さ、さっきは、上手く飲めなかったじゃないか」
「はぁ、仕方ねェな…」

渋々頷いた矢張に起き上がらせて貰い、一先ずホッと吐息を漏らす。
彼が飲み物を取りに行っている今のうちに頭の中を整えて、何とかして脱出する方法を見つけなければ。
でも、先ほど立て続けにされたキスの感触が唇から拭えなくて、頭が上手く動かない。
あんなキスは、もうかなり久し振りで。
しかも…。

(こいつ…結構上手いんだよな、こう言うの…)

そこまで思い巡らして、成歩堂はぶんぶんと首を横に振った。
暢気にそんな感想を抱いてほだされている場合じゃない。
何とかしないと。
でも、結局良い方法など浮かばない内に、矢張が戻って来てしまった。

「ほら」

言いながら、彼は側に屈み込んでボトルを差し出したけれど、成歩堂が口に含む前に引っ込めてしまった。

「矢張?」

不審に思って呼び掛けると、何事か考え込むように首を傾げている。

「矢張…?な、何だよ…」

眉を寄せて、怪訝な顔を向けたその時。
成歩堂の双眸には、手にしたボトルを逆さにして思い切り中身を呷っている矢張の姿が映った。
そして、次の瞬間、がしりと肩を掴まれて。
気付くと、矢張は自分の唇を思い切り成歩堂のそれに押し付けていた。

「んっ、んっ…?!」

先ほどと同じ生温かい感触に、息が止まる。
そして、ぐぐっと強く押し当てられたそこから、冷たい水が流れ込んで来た。
驚いた弾みで、ごくりと飲み干してしまって、成歩堂は言葉もなく目を見開く。
今一体、何が起きたのか。

「…んぅ、ん!」

続いて、飲み込んでしまった冷たい水の代わりに、少し温かい矢張の舌が潜り込んで来て、口内をゆっくりと味わうように蠢く。

「ふっ…んん」

首を振って逃れようとすると、顎が強い力で掴まれてしまった。

「んっ、は…!お前…っ、なんてことを…」

唇が離れるのを待って、成歩堂は怒涛のように文句を言おうとした。

「……ん?!」

けれど、今度は宛がわれた指先が強引に口内に押し込まれ、言葉は途中で途切れてしまった。
矢張の指が、ゆっくりと確かめるように成歩堂の舌の上をなぞる。

「ん、ぐ…!」

異物に苦しみを覚えて、成歩堂は眉を顰めた。
抜くようにと睨み付けても、どうしようもない。
歯を立ててやることも出来ず、成歩堂は必死にえずきそうになるのを耐えた。
ややして、舌の上をなぞっていただけの指先が、ゆっくりと動き出して抜き差しされる。
先ほど口内に溢れた水分と唾液が交じり、くちゅ、くちゅ、と濡れた音が耳に届く。

「ん…っ、ん」

なんだ、これは…。
こんな音、まるで…。

成歩堂は羞恥を堪えながら、苦しげに眉を寄せた。
細めた目尻に、薄っすらと涙が浮かび上がる。

「成歩堂…」

熱に浮かされたような声で名前を呼ばれて、今度は指先が引き抜かれた。
入れ代るように、また彼の唇に塞がれる。
噛み付くような矢張のキスは今までにないほど必死で激しくて、息が上手く出来ない。
何でこんなこと、自分に…。
そう思うほど深く貪られて、頭の奥がぼやけたように何も考えられなくなった。

「はっ、…んん」

何とかして酸素を吸い込もうとするのに、ぶつかり合う唇と息遣いと、聴覚を刺激する濡れた音のせいで、上手く行かない。
息苦しくて、戒められた腕が痛くて辛い。
段々意識が薄れて、成歩堂は急にぐらりとよろめいて矢張に倒れかかった。
力の抜けた体を、矢張が慌てて受け止める。

「大丈夫か?!成歩堂!」

彼の腕に抱えられて、成歩堂はようやく思い切り息を吸い込んだ。

「ん、はぁ、は…あんまり、無茶なこと…させるなよ」
「…ごめんな、成歩堂」

矢張は少しばかりすまなそうな顔になって呟くと、成歩堂の体を抱き抱えて、冷たい床からソファの上へと移動させた。
ごろりと横に転がされて、少しだけ楽になる。
でも、快適とはとても言い難い。

「腕、きついよ」
「ああ、だよなァ」

頷くと、矢張は成歩堂の体をまたごろんと転がして、背中を向けさせた。
苦心してロープを解こうとしているのがよく解かる。

「これでどうだ?少し、緩んだかも…」
「あ…ちょっと楽になった」

戒めが少しだけ和らいで、成歩堂は深い溜息を吐いた。

「大丈夫かよ、成歩堂…」

心配そうに覗き込む顔に、お前のせいだろ!と叫ぶ気力ももうない。
怒るのも馬鹿馬鹿しい。

「お前って、何かいっつも必死だよな、無様だけど」

何だか可笑しくなって、成歩堂はふっと表情を緩めて、笑顔を浮かべた。
最初からもっと本気で嫌がっていれば…彼は無理なことはしない。
それは解かっていたんだと思う。
でも、出来なかったのは、彼が本当に一生懸命な気がしたからだろうか。
方法は果てしなく間違っているのだけど。

「成歩堂…」

不意に浮かんだ成歩堂の笑顔に、暫く魅入るように目を見開いていた矢張は。
ふと、気付いたように名前を呼ぶと、膝に無造作に置いていただけの手にそっと力を入れた。
その手が、肌の上を伝って、少しずつ腿の方へと上がって来る。
ぎく、と小さく成歩堂の肩が揺れる。
まずい、何か、スイッチが切り替わってしまったようだ。
はっきり解かる。

「そんなとこ、触るなよ」

動揺を誤魔化す為、何事もなかったようにいつもの調子で言ったけれど、矢張の指は止まらなかった。

「…解かってるって、俺…男に興味ねぇから」

言葉とは裏腹に、彼は服越しに伝わる体温や手触りを確かめるように、内股を掌でなぞる。
じわりと腹の奥で疼いた痺れに、成歩堂は焦って声を荒げた。

「お前っ、言ってることが、違…」
「だから、お前は別なんだって…」
「……ぁっ!」

不意に衣服の上から中心をなぞられて、成歩堂は引き攣った声を上げた。
そのままぐいぐいと弄られて、急激に痺れが湧き上がる。

「お、お前、こんなことして…これは冗談じゃ済まないぞ!」

成歩堂は身を捩りながら抗議を試みたけれど、狭いソファの上ではどうしようもない。

「いや、何て言うか俺、冗談じゃないかも…」
「そ、それこそ、冗談じゃないよ!」

喚く成歩堂の襟元からネクタイが引き抜かれて、シャツの襟元が左右に割られる。
顕になった首筋に、矢張が顔を寄せた。

「成歩堂…」
「ん…っ!」

濡れた舌に触れられて、びくっと肩を揺らす。
矢張は成歩堂の肌に唇を寄せて、そこに歯を立てると軽く吸い上げた。

「お前、何か…いい匂いするよな」

何かに酔ったような、矢張の声が耳に届く。

「そ、そんな筈あるか!あ、汗掻いて…」
「それでも、なんか」
「…だ、駄目だって、矢張…!」

意思とは関係なく進められる行為に翻弄されながらも、成歩堂は必死に制止の声を上げた。



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