デイドリーム1




そう言えば、狩魔検事は元気にしているだろうか。
ふと、事務所に出勤している途中で、成歩堂はぼんやりとそんなことを考えた。
あの、負けん気の強い美少女。
常に完璧を目指していて、剥き出しの敵意を隠そうともしない。
鞭で打たれ捲くったあの痛みは、今でも思い出すと結構渋い顔になってしまう。
だから、アメリカへ行ったはずのその彼女が、何故か突然目の前に現れたとき。
思わず思いきり顔が引き攣ってしまったのも、仕方ないことだと思う。

「久し振りね、成歩堂龍一!」
「……え?」

そう声を掛けられても、すぐには反応を返すことが出来なかった。
頭の中で漠然と思い巡らしていた人物が、急に生身の人間になって現れても、ぴんと来ない。
目を見開いたまま固まっていると、凄まじい勢いでこちらに向かって来た鞭にぴしゃりと叩かれてしまった。

「うわっ!」

顔面に走った痛みで、ようやく我に返る。

「な、何するんだよ、狩魔冥」
「寝惚けているようだったから、目を覚ます手伝いをしてあげただけよ」

涙目になって抗議の声を上げると、鞭を振り上げたままで、さらりとした返答が返って来た。



「で?ぼくに何か…?」

狩魔冥を事務所に上げて、いつ飛んでくるか解からない鞭を警戒しながら、成歩堂は彼女の顔を覗き込んだ。
また、日本に戻って来たのだろうか。
早速宣戦布告でもされるのかとか、負かされた…と言っても本人はそう思っていないようだけど、裁判で苦戦させられた恨みを又ぶつけに来たのか、とか。
とにかく、何か物騒なことには違いない。
散々心配を膨らませながら、成歩堂は続く言葉を待った。
彼女は成歩堂が出したお茶を一口だけ飲んで、湯飲みを音もなくテーブルに置くと、真正面からこちらを見据えて来た。

「実は…あなたにどうしても頼みたいことがあるの」
「…ぼくに?」
「そうよ、成歩堂龍一。あなたには今日一日、私と一緒に遊園地に行って貰うわ」
「……?」

(……は?)

すぐには、言われたことの意味が解からない。
遊園地と聞こえたような気もするけど、きっと気のせいだろう。
まさか、わざわざその為に戻って来た訳でもないだろうし。
あまりに意外な要請に、成歩堂は何の反応もせずにぽかんとしてしまった。
途端、唸りを上げて向かって来た鞭に思い切り引っ叩かれる。

「返事は!?」
「は、はい!」

思わず反射的にしてしまって、すぐに後悔したけれど…もう遅い。
こうなったら、彼女の要望に応えるしかなさそうだ。
事務所も、どうせ依頼人は来ないだろう。
今日は真宵もいないことだし…。

「で、でも、何でぼくと…?」
「……!」

当然の疑問を口にすると、彼女は短く息を飲んで、居心地が悪そうに目を逸らした。

「狩魔冥?」
「そ、それは…」

促すように名前を呼ぶと、狩魔冥は珍しく口篭りながら、ぽつぽつと理由を話し始めた。



「え?!お、お見合いだって?」
「そうよ…。仕事の都合で、どうしても断れなくて」
「そ、そうなんだ」

確か彼女はまだ未成年だし、とても結婚願望なんてなさそうだし、お見合いなんてする必要もなさそうなのに。
仕事の都合、と言うことは…お見合い話を持ってきた人物に頭が上がらないとか、そう言うことなのだろうか。
どちらにしてもちょっと驚いてしまう話だ。

「それで、お見合いとぼくと、何の関係が…?」
「…あなたには、わたしの練習台になってもらうわ」
「…え?」

練習台?
成歩堂が目を見開くと、狩魔冥は又少し居心地が悪そうな顔をした。

「…ないのよ、そう言うこと、したことが」
「……?!」
「今まで、わたしは検事として完璧であること、それだけを目指して生きて来たの。だから、恋愛だとかそんなものをしている暇はなかったのよ。恋人がいなくても何も問題はなかったしね」
「そ、そうか…」

確かに、そうなんだろう。
この若さで天才と呼ばれ続けるには、才能のこともあるだろうけど、相当の努力も必要だったはずだ。
それに、この狩魔冥とデートをして、進んで鞭で叩かれてやるような奇特な男もあまりいなそうだ。

「それで…お見合いの後、誘われているの、遊園地に行こうって」
「ゆ、遊園地・・・?!」

成歩堂は裏返った声を上げた。
彼女をそんな場所に誘うなんて、何て勇気のある…。
きっと、完璧を目指している彼女のこと。
遊園地でのデートも完璧にこなしたいのだろう。
そう言うのは、相手の男に任せておけばいいのに…。
彼女の性格から言って、そうもいかないのだろう。
でも、それなら自分よりも適任がいるではないか。

「そう言うことなら、御剣に頼めばいいのに…。あいつだったら、ぼくより色々と要領も良いし、上手くやると思うけど…」
「生憎だけど、怜侍は色々と忙しいのよ、あなたと違って」
「は、はぁ…」
「それに、彼は私の弟分なのよ。そんなこと、言える訳ないじゃない」
「……」

(ふうん…)

何となく、狩魔冥の言う事は解かるような気がする。
彼女が御剣に追いつこうと、必死に背伸びしながら頑張って来たのは何となく聞いて知っている。
きっと、そう言うある種の弱みみたいなものは、御剣に見せたくないのだろう。
でも、だからと言って…。

「やっぱり、ぼくじゃなくても…何ならぼくの友達の、やは…」
「つべこべ言わずに協力しなさい!成歩堂龍一!」
「い、痛…っ!」

あの、女の子が大好きな彼でも勧めようと思ったのに、鞭で一喝されてしまった。
もう、こうなったら仕方ない。
先ほども、肯定の返事をしてしまったことだし…。

「解かったよ、狩魔検事…」

渋々頷いて、成歩堂は深い溜息を吐いた。



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