デイドリーム2




午後一時に遊園地の前で待ち合わせをすることにして、一先ず狩魔冥とは別れた。
何もこのまま一緒に行けば良いのだと思ったが、きっと待ち合わせの時点から演習したいのだろう。
今はまだ朝の十時半。十分支度する時間はある。
遊園地は…真宵や春美と一緒によく行ったりはしたけれど、女の子と二人でなんて、本当に久し振りだ。
相手は自分を練習台としか思っていないのだろうから、緊張することはないけれど。
寧ろ、何か粗相をして何度鞭で叩かれるのかと思うと、嫌な汗が伝うくらいだ。
とにかく、遅刻だけは免れようと、成歩堂はお昼を過ぎた辺りで早めに事務所を閉めて、支度をして遊園地へ向かった。



「よし、着いた」

遊園地の前で時計を見ると、一時一分。
我ながらぴったりだ。そう思ったのだけど。

「遅い!!」

鋭い声と共に飛んで来た鋭い鞭に、ぴしゃりと肩の辺りを思い切り打たれてしまった。

「な、何するんだよ!時間丁度に来たじゃないか!」
「このわたしを1時間も待たせるなんて…!いい度胸ね、成歩堂龍一っ!」

痛む肩を擦りながらも、狩魔冥の台詞に目を丸くする。
確か、待ち合わせは一時で間違いないはずなのに…。

「一時間?もしかして、そんなに早く来てたの?」
「……!!な、何だか落ち着かなかったから、何となく来てしまっただけよ」
「そ、そう…」

それは、予想外だった。
とにかく、これ以上待たせてはまずい。

「じゃ、じゃあ入ろうか」

狩魔冥を促して、成歩堂は遊園地の入り口に向かった。
チケットを買おうとして、ふと手が止まる。
一応、彼女の分も出してあげた方が良いと思ったのだが。

「自分の分は自分で払うわ」

狩魔冥は凛とした声でそう言って、颯爽と自分の分を購入して行ってしまった。

(うーん。これでいいのかな…)

お見合い相手を思って少し不安を抱きつつ、成歩堂もチケットを買って後に続いた。



まずは一通りアトラクションに乗ろう、と言うことで…。
最初に乗ったのはジェットコースターだった。
成歩堂は激しく嫌がって思い切り腰が引けていたのだけど、鞭で引っ叩かれて急かされて、仕方なく乗るハメになってしまった。

「顔がビリジアンよ、成歩堂龍一」

無事乗り終えたものの、成歩堂の顔は既に血の気を失っていた。

「うう…き、きもちわるい…」
「全く、情けない男ね」

溜息を吐かれても、こればっかりはどうしようもない。苦手にもほどがある。
何かもっと、自分でも楽しめるものは…。
辺りを見回して、成歩堂はふと、ある建物に目を留めた。

「あれだったら大丈夫かも。行こうよ」

指差したのは、どろどろした赤い文字で“幽霊屋敷”と書かれている、所謂お化け屋敷。
昔は怖くて仕方なかったけど、多分今なら大丈夫だろう。
スリルのある乗り物に比べれば何倍もマシだ。

「え…?あ、あれに…?」

けれど、狩魔冥は気乗りしないのか、尻込みでもしているように語尾を濁した。

「……?嫌なのかい?」

様子を伺うように顔を覗き込むと、途端ぶんぶんと左右に首を振った。

「そんなことないわ。あんなの、子供騙しでつまらないと思っただけよ」

そう言い捨てて颯爽と入り口に向かったものの、なかなか前に進もうとしない。

「狩魔冥?」
「な、何でもないわ!!い、行くわよ」

不審に思って名前を呼ぶと、彼女は半ばヤケになったように屋敷の中へ入った。

(これって、もしかして…)

ある疑惑が頭を掠めたのだけど、この勝気で強気な彼女にはあり得ないような気がして、成歩堂はすぐにその考えを振り払った。
でも。
真っ暗な部屋の中に入って暫く進むと、先ほど思い浮かべたことが、間違いではなかったことに気付いた。
狩魔冥の様子が可笑しい。
過剰なまでに辺りを警戒しながら恐る恐る足を進めているし、ちらりと覗き込んだ顔は青褪めて血の気がないし、思ったよりも細い肩はよく見れば暗闇の中でも解かるほどに小さく震えている。
何だかいたたまれなくなって、成歩堂は少し考えてから口を開いた。

「あ、あのさ…」
「な、何かしら」
「もしかして…怖いの?」
「……!!!そ、そんなこと、ある筈…」

狩魔冥がムキになって反論しようとした、その時。
突然真正面から首のようなものがぶらりと釣り下がって、この世の終わりのような悲鳴が上がった。

「きゃあぁぁ!!!」
「うわっ!」

いきなりがしりとしがみ付かれて、成歩堂も一緒に悲鳴を上げる。
容赦ない力で掴まれた場所が、ひりひりと痛むほどだ。
きっと、本当に必死だったんだろう。

「だ、大丈夫?」

何とか体勢を整えて、離れた狩魔冥の顔を覗き込む。
さっきよりも血の気の引いた顔は、青を通り越して白っぽくなっているのに。

「だ、大丈夫に、決まってるわ」
「……」

未だにそんな台詞を吐く。
でも、このままではいつここから出られるか解からないし、放っておく訳にもいかない。
少し考えて、成歩堂は唐突に、ぐいと狩魔冥の手を掴んだ。
いつもと違って、裁判に立つ時の服装ではないから、黒い革の手袋をしていない手。
ぎゅっと力を込めると、彼女は驚いたように声を荒げた。

「な、何するのよ!成歩堂龍一!!」
「…ぼくが手を引っ張るから、きみは目を瞑ってなよ。そうすれば何も見えないから」
「そ、そんなの、余計なお世話よ!手を離しなさい!」
「いいから、ほら、行こう」
「……!な、成歩堂龍一っ!」

抗議の声を無視して、成歩堂はそのまま狩魔冥を引っ張るようにして歩き出した。
途中で振り返ると、これ以上ないほどきつく目を閉じている顔が見えて、彼女にばれないようにそっと笑みを浮かべた。

「もう大丈夫だよ。目、開けても」
「え、ええ…」

そんなこんなんで、ようやく外に出ると、成歩堂はぎゅっと握っていた手をそっと離した。
失態を見られて、何となく、気まずいのだろう。
狩魔冥はすぐには何も言わなかった。
余計なことをしたと改めて怒られると思ったけれど、暫くの間の後、彼女は消え入りそうなほど小さな声で呟いた。

「た、助かったわ。ありがとう…」



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