ミスリード1




「はぁ〜〜…」
「……」

さっきから、何度も何度も溜息を吐き出しては、ぼんやりと頬杖を突いてる友人、成歩堂龍一。
休日、暇だからと言う迷惑な理由で彼の事務所に顔を出していた矢張は、親友の異変に眉を顰めていた。
成歩堂は、普段からそんなに忙しなく動くヤツではないけれど…今日はちょっと特別のようだ。
いつにも増してこちらの話には上の空だし、遠くを見ては何か思い詰めたような顔をしているし。
矢張には、そんな彼の症状に思い当たる節があった。

「なぁ、成歩堂」
「ん?」

呼び掛けると、呆けた顔をこちらに向ける成歩堂に、思い切りビシっと人差し指を突きつけた。

「お前…ズヴァリ!!!何か悩んでるな?!」
「……?!!なっ、何でそれを!?」
「俺様には何でもお見通しだぜ!成歩堂!」

得意気に叫んだ矢張は、目の前の親友が『こいつ、何でこんなことにだけ鋭いんだよ…』と、訝しげな視線を送っていることには気付かない。
すっかり機嫌を良くすると、成歩堂の肩にくるりと腕を回した。

「解かってるって!恋なんだろ?」
「……!!!」

悩み=恋…しか有り得ないので、矢張が成歩堂の悩みを言い当てたのは決して偶然ではない。
けれど、本当にそのことで悩んでいた成歩堂は、図星を突かれて、驚きに目を見開いた。
呆然としたままの彼に、少し優越感のようなものが生まれる。
増々気分が良くなって、矢張は彼の肩に回したままの腕に力を込めた。

「俺に何でも話してみろって!この経験豊富なマサシサマに」
「…うーん」

開いた方の手の親指を自身の胸に突きつけてふんぞり返る矢張は、成歩堂が『ふられてばっかりの経験じゃないか…』と言う言葉を、寸でのところで飲み込んだことには気付かない。
暫くの沈黙の後。
余程悩んでいたのか、成歩堂は遂に観念したように重い口を開いた。

「矢張……」
「お?何よ?」
「頼みがあるんだ」
「おう、何でも言ってみろよ!」
「みつるぎ…に…」
「……ん?」
「み、御剣に、今日の夜、吐麗美庵て店に…来るように伝えてくれないか?話があるから、仕事が終わるまで待ってる…ってさ」
「御剣に?なんで?自分で伝えればいいだろ?」
「それが出来ないから、お前に頼んでるんじゃないか」

意図が掴めず、首を傾げて成歩堂を見やると、彼の頬はみるみる赤くなり、唇を尖らせて顔を逸らした。

(御剣の友達に、可愛い子でもいるのか?)

まさか、その御剣こそが、成歩堂の恋の相手だとは夢にも思わず、矢張は暢気に想像を膨らませた。
とにかく、この件にあの御剣怜侍 が絡んでいることも解かった。
自分が役立たずでろくでもない人間なんかじゃないことを、この二人に思い知らせる良いチャンスだ。

「ま、何でもいいか、任せろよ成歩堂!」

張り切って声を上げ、暫く考えてから再び成歩堂に顔を寄せる。

「で……?成功したら?」
「お前の友情は有料か?矢張」
「馬鹿言うなよ!報酬があった方がやる気も上がるってだけだろ!」
「それが有料ってことだと思うけど…。まぁそれは…成功したら考えるよ」
「それじゃ駄目だって!ちゃんと言え!それによってはやる気が限界まで上がるかもしれないぞ!成歩堂!!」
「偉そうに言う事かよ…」

呆れ顔になった成歩堂だけど、ここできっぱりと断らないと言うことは、もう一押し!

「何言ってるんだよ、こう言う時エミコだったらな!『ありがとう、嬉しいわ、マサシくん!』とか言って熱い抱擁とキスが…」

段々口調が白熱して来て、成歩堂はこれ以上の熱弁は聞きたくないと思ったのか、半ば投げ遣りになって頷いた。

「ああ、もう・…解かった解かった。成功したら、キスでもなんでもしてやるよ」
「その言葉忘れるなよ、成歩堂」

やった!とばかりにガッツポーズをして、矢張はもう任務を終えた気分になってにこりと笑った。



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