みぬきと一緒に受けた依頼の調査に出掛けていた王泥喜は、事務所に戻って来るなり、意外な人物の姿を目にした。
「あれ、牙琉検事?」
成歩堂と向かい合うように腰を下ろしていた彼は、こちらの姿を認めて笑顔を浮かべた。爽やかだし、何と言うか清清しい笑顔だ。
「やあ、おデコくん。お嬢ちゃんも、元気かい?」
彼の言葉に、みぬきが目を輝かせる。
「王子さま!どうしたんですか?」
「いや、ちょっとね、きみのお父さんに用事があって」
「成歩堂さんに?」
それは、響也がここにいることよりも意外だ。この二人、知り合いなのは知っていたけれど、個人的に訪ね合うような仲だっただろうか。
「何だか、仲良しになったんですね」
「え、あ……」
「やっぱり、王子さまかっこいいですものね!」
「う、うん……」
響也が帰った後、無邪気にそんなことを言うみぬきに返答して、王泥喜は複雑な気持ちになった。
何だったんだろう。霧人とあんなことがあって、その弟である彼と、わざわざ会ったりするなんて。しかも、自分たちが来た途端に、こそこそ帰ってしまった。
いや、だからなんだと言うのだ。会う用事くらい、あったっていいじゃないか。
(どっちにしろ、俺には関係ない……)
そう言い聞かせて、何だか胸の中にもやもやと漂う不穏な感情を、王泥喜は無理に押え付けた。
それから、数日後。
また外出していて、事務所へと戻って来たときのことだ。
入り口に止まっていた派手なバイクに気付いて、王泥喜は眉根を寄せた。おデコに人差し指を当てて考えてみるまでもない。よく見知った人物のもの。
(牙琉検事、また来てるのか)
何だか焦ってしまって、急いで事務所の扉を開けて中へ足を踏み入れた途端。
「……?!」
(……え)
目の前に広がった光景に、王泥喜は呆然としてしまった。
事務所の床の上に、もつれるように倒れこんでいる二人の人物。どう見ても、成歩堂と響也。しかも、どう言う経緯か解からないけれど、響也が彼の上に圧し掛かるように身を寄せている。何と言うか、押し倒している、ようにしか見えない。
何で、こんな体勢に……。
何をしているんだ、この二人は?!
「な、何してるんですか?!二人とも!」
声を荒げると、そこにいた二人はハッとしたように顔を上げた。
「お、おデコくん、これは……」
弁解でもしようとしたのか、口を開いた響也の声に、マイペースそうな成歩堂の声が重なる。
「見ての通りだよ、オドロキくん」
「……!!」
(み、見ての通りって……)
そりゃ、見れば解かる。解かるけれど。
頭の中が、目の前の光景について行かない。気付いたら、じりと、一歩足を後退させていた。
「オドロキくん?」
「あ、俺、よ、用事があるので、失礼しますっ!」
「おデコくん!」
「オドロキくん?」
二人の呼び声が交互に聞こえたけれど、それに耳を貸す余裕もなく、王泥喜は脱兎の如くその場から逃げ出した。
「あんた、今の言い方はまずいんじゃないかい」
「そうかな」
「普通に言えばいいじゃないか」
「いや、一目瞭然かと思って」
「そんな訳ないだろう!」
そんな二人の会話など、王泥喜の耳に届くはずもなく。
訳も解からないまま滅茶苦茶に道を走って、王泥喜は激しく息を切らせてその場にしゃがみ込んだ。
何だ……、何だあれは……。
あの人たちは、何をしていたんだ。
それより何より、どうして、どうして牙琉検事と!
みぬきの次に、あの人の側にいたのは自分だと思っていたのに。
思い出すと不快で、落ち着かなくて、堪らない。
でも、あんなのきっと、何かの間違いだ。見間違えたに違いない。脳裏に焼き付いた映像を無理矢理消去して、王泥喜はぎゅっと拳を握り締めた。
翌日。
あんなことがあったのに、成歩堂はいつも通りだった。王泥喜が出勤すると、あの気だるい笑みで優しく迎えてくれた。昨日のことについては、触れない。自分からも触れることは出来ない。
結局そのまま時間が過ぎて、やがてみぬきが学校から帰って来た。
二人きりだと気まずかったのでホッとしたのだけど。彼女は荷造りをするとすぐに、じゃあ行って来ます、なんてことを言い出した。
「あれ?みぬきちゃん、今日は仕事休みじゃなかった?」
王泥喜が首を傾げると、みぬきは楽しそうな笑みを浮かべてみせた。
「言ってませんでした?みぬき、今日はお友達の家に泊まるんですよ」
「そう、なんだ」
「オドロキさんも、今日はもうすぐ終わりですよね。お疲れさまです」
「う、うん……」
頷いて、みぬきを送り出した後、王泥喜も成歩堂を残して事務所を出た。
何だか、気まずいままで、落ち着かないけれど。いや、気まずくなる必要なんて、何もない。昨日のことだって、何かの間違いに違いないから。
でも、考えないようにすればするほど、悶々とした不安は大きくなる。
(やっぱり、確かめたい)
急にいても立ってもいられなくなって、王泥喜は今来た道を引き返して、再び事務所へと向かった。
(成歩堂さん……!)
胸中で彼の名前を呼びながら、息を切らして走って。事務所の前まで差し掛かったところで、王泥喜は目を見開いた。
(あれは……!)
まただ。また、事務所の前に、牙琉検事の姿がある。
背筋に嫌な予感が走って、王泥喜は足音を消して、そっと事務所の側へと身を寄せた。
響也は今来たばかりなのか、出迎えた成歩堂と扉の近くで話し込んでいるようだ。
(何話してるんだろう)
息を殺して、そっと聞き耳を立てる。こんな真似したくないけれど、どうしても気になる。
黙っていると、やがてはっきりと話し声が聞こえて来た。
「じゃあ、続きでもしようか、牙琉検事」
「いいよ、今日はたっぷり時間もあるしね」
(……?!)
続きって。一体、何の。
でも、それ以上会話は交わされずに、二人は部屋の奥へと足を進め、王泥喜の視界からは消えてしまった。
ぞく、と嫌な予感が再び背筋を駆け上がる。
続きって、何なんだろう―。
咄嗟に頭の中に浮かび上がったのは、先日二人でもつれるように倒れこんでいた光景だ。
押し倒されるまま、大人しく響也の下に収まっていた成歩堂。
まさか、まさかあの続きを?
そう思った途端、ガンガンと頭が痛んだ。
この状態で、事務所に入る勇気なんてない。
みぬきも、確か今日は帰らないと言っていた。
それで?それで響也はここへやって来たのだろうか。誰もいなくなる今晩に合わせて。
自分が何でこんなに気にしているのかは解からないけれど、考えると止まらなくなってしまって、王泥喜は咄嗟に頭を打ち振った。
家へ帰っても、とても眠る気になんてなれなかった。
結局、悶々としたまま朝になってしまい、寝不足の目を擦りながら事務所へと向かった。
まだ、出勤するには到底早い時間だったけれど、あのまま家にいても仕方ない。
それに、成歩堂と響也は、どうしたんだろう。
まさか、朝までなんてことは……。
確認、してみたい。
別に、こんな風に思うのも考え過ぎかも知れないけれど、とにかく安心してしまいたかった。
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