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「やあ、久し振り…でもないかな。牙琉検事」
「あんたは…」

以前の面影など一切見当たらなくなった男は、暢気な調子でそう言いながら、突然…響也の前に姿を現した。
成歩堂龍一。
よく知っている男だし、最近又、何かと噂を聞くようになった。
だが、何故ここへ?

「あんたが、ぼくに何の用だい?」

怪訝そうな顔で尋ねる響也に、彼は気にする様子もなく、殊更マイペースに口を開いた。

「実は、きみに頼みたいことがあるんだ。と言っても、多分…断ることは出来ないけどね」
「…何だい?随分厚かましいね…。取り合えず話だけは聞いておくけど?」

彼が何の用で、今更会いにやって来たのか。
響也の疑問を晴らす為、語り出した成歩堂の言葉は、予想以上に意外なものだった。

「裁判…だって?」
「そう、裁判員制度が新しく始まるのは、当然知ってるよね?」

彼が言うには、そのシミュレート裁判の検事に、自分を選んだ。
だから明日の裁判の担当になれ、と言うものだった。
手渡された資料の少なさに、思わず首を傾げる。

「これだけ?」
「色々極秘なんだ。すまないけど、よろしくお願いするよ」

何と無く納得行かないが、これは光栄だと思うべきなのだろうか。
少し込み上げた不満を飲み込んで、響也は少しでも彼から情報を得ようと試みた。

「弁護士は誰なんだい?まぁ、当然…あのおデコくんだよね?」
「内緒にしておこうと思ったけど、解かってるみたいだね」
「勿論さ。でも…やるからには本気で行くよ?あんたの可愛い弟子、ぼくが思いきり負かしてしまってもいいんだね?」
「ああ、構わないよ」
「でもまた、何でぼくに…?」
「きみなら、きっと正しい判断を下せると思ったからだよ。きみにとってどんなに都合の悪い事態が起きても」
「…?何だよ、それは…」
「明日になれば解かるよ、きっとね」

含みのある言い方をして、成歩堂は実に曖昧な笑みを浮かべた。

一通り会話が済んで。
改めて彼と二人向き合っている状況に、酷く違和感を覚える。
七年ぶり。ずっと、彼のことは頭の隅に追いやろうと努めて来た。
けれど、この7年間、彼の存在も名前も忘れたことはなかったし、無視出来ないものでもあった。
それは、響也にとって身近な人物が係わっていたからなのだが・・・。
とにかく、あまり考え込んでいる余裕はなかった。

「成歩堂龍一…」
「…何かな?」

意を決して呼び掛けると、目の前にある彼の目が響也に向く。

「前あんたに聞いたこと、覚えてるかな」
「……」
「今なら、違う答えが聞けそうだね」

言いながら、ぐっと距離を縮めて、彼の顔を覗き込んだ。

「あんたと兄貴、一体どんな関係だったのかな」

響也が言い終えると同時に、彼の視線は困惑に揺れたように見える。
けれど、それはほんの一瞬のことで、その目はすぐに逸らされてしまい、それ以上何も読み取ることは出来なかった。

「…さぁね」

代わりに返って来た素っ気無い返事に、心なしか苛立ちが募る。

「この期に及んでまだ誤魔化すつもりかい?」
「残念だけど…本当のことだよ」
「……」
「あれから7年も一緒に過ごしてはいたけど、未だにぼくには彼が解からない。それが正直な感想だね…」

それだけ言うと、成歩堂は顔を伏せ、こちらに背を向けて、扉に向かって足を進め出した。

「ちょっと、待てよ!」

そう言って引き止めた途端。
今までずっと忘れていた情景が、響也の頭の中に強烈に浮かび上がった。
くたびれたスーツと、ギザギザの頭。
驚愕に揺れる目と、怯えたような表情。
別人を相手にしているような感覚だったが、これは紛れもなく、あの成歩堂龍一だ。
咄嗟に、行く先を塞ぐように彼の前に立ちはだかり、響也はその体を壁に押し付けた。
が、不躾に動きを封じられても、成歩堂は顔色一つ変えない。
余裕に満ち溢れているのか、単に図太いだけか。
あの時みたいには行かないと解かっている。
けれど、どうしても引っ掻き回してみたくなった。

「この状況、七年前みたいだね。あんたは…大分変わったみたいだけど」

悪戯っぽい口調で言うと、成歩堂は静かに首を振った。

「牙琉先生には、変わってないって言われたよ。…暑苦しい性格ってね」
「そうかい…」

(兄貴が…)

兄は一体、彼のどんな面を知っていたのだろう?

「それが、本当かどうか…確かめてみて、いいかな?」
「……?」

あからさまに意味有り気な口調で言うと、響也は一歩足を進め、身動き取れないままの成歩堂に身を寄せた。
体温を感じるほどに距離を縮め、徐に手を伸ばして、握った上着のジッパーを下へ向けてゆっくりと引き下ろす。
ジジッと音がして、上着が左右に割れても、彼は逃げる気配を見せない。

「抵抗しないってことは…いいのかな?」
「さぁ、…どうかな」

あくまでペースを崩さない、成歩堂の顔。
けむに捲くような、曖昧で思わせぶりな表情。
力の抜けたような気だるい目のくせに、挑発するような物言い。
何処が、前と変わっていないって?
何もかも、違い過ぎる。
だったら…本当に確かめてやるまで。
頭で何事か考えるより早く、響也は顔を寄せ、そっと、7年ぶりに成歩堂の口を塞いでみた。



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