サイン1




(長かった……)

ここまで来るのに、本当に本当に長かった。
自分の下で大人しくしている成歩堂を見下ろして、矢張はしみじみとそんな感想を漏らした。
あの決意をしてから、数週間。
近付けば逃げられるし、電話しても切られてしまうし。
相当警戒されていたけど、それも、全てこれで終わりだ。
完璧な作戦、そう……つまりは、夜這いによって、だ。
自分の下で大人しく……要するに、ただ眠っているだけの成歩堂は、当然無抵抗のままだ。
決行するなら、今しかない。
けれど。
覚悟を決めて、いざ、と言う時になって、矢張の不埒で怪しい気配に気付いたのか。
あろうことか、成歩堂がパチッと両の目を開けてしまった。

「……!!」

(あ……しまった!)

こちらの姿を認めた彼の目が、これ以上ないほど見開かれる。

「……や、矢張!?」
「バカ、成歩堂!まだ起きるなよな!」
「お、お前っ!?!ベ、ベッドに潜り込んで来るなって……何度言ったら解かるんだよ!!だいたい、いっつも何処から入って来るんだよ!!」

成歩堂の怒号と共に、矢張は凄い勢いでベッドから放り出されてしまった。ドコっと鈍い音が響き、体に衝撃が走る。

「いてェな!何すんだよ!」
「それはこっちの台詞だ!!今すぐ出て行けよ!」
「う……」

目を剥いて怒鳴ると、物凄い剣幕で怒鳴り返されてしまった。
仕方ない。彼の言う事にも、一理ある。
まだ言いたいことがあったけれど、矢張は渋々口を噤んだ。
又しても失敗してしまった。
これで何度目だろうか。
だいたい、自分がこんなことをしなくてはいけないのは、彼のせいなのだ。
先ほども思い巡らしたけれど、あれ以来、何だか異様に避けられているから……正攻法で突っ込んでも玉砕するに決まっている。
矢張は大きな溜息を付くと、ベッドの上で未だに憤慨してる成歩堂を見上げて、恨めしそうな視線を送った。

「お前……もしかしてまだ怒ってんのか?」
「当たり前だ!!」
「一発ヤらせろって言ったのがいけなかったのか?」
「……!!そ、そうに決まってるじゃないか!」

(やっぱり、流石にあれは不味かったか……)

少し単刀直入過ぎたようだ。
ここはフォローの一つでもしておこう。

「成歩堂」

矢張は気を取り直して、もう一度ベッドの上によじ登った。
警戒心丸出しの彼に向き直って、誠意と真心を込めて、真剣そのものと言った顔で訴え掛けてみる。

「じゃあ撤回するからよ。二発ヤらしてくれ!」
「……!!や、矢張……っ、お前ってヤツは……!」

ガツ!!

「……痛っ!!」

どうやら、フォローにも失敗してしまったらしい。
怒りの為か屈辱の為か、成歩堂はぶるぶると拳を震わせて、矢張の頭上に一発お見舞いした。
さっきはベッドから突き落とされるし……これで、今日だけで二発目だ。
何かしたならともかく、まだ、何もしていないのに。
どう考えても、殴られ損、てものだろう……。

「成……歩堂……」

痛みなんかよりも精神的にちょっとダメージを受けて、矢張はぐったりと成歩堂に凭れ掛かった。

「や、矢張……?」

そんな自分に驚いたのか、彼が心配そうに声を掛けて来る。

「ちょっと……やり過ぎたか?大丈夫か……?」

答えずにいると、更にそんな言葉が掛けられた。

(こいつ……)

この前、あんな目に遭ったばかりだと言うのに。
本当に無防備極まりないと言うか、懲りていないと言うか……。
けれど、彼のこんなところが、本当に……。

(我慢出来ないんだよ!もう!)

胸中でそう叫ぶと、矢張はもう手段なんか選んでいられないことに気が付いた。
と言うか……元々、なりふり構ってなんか、いなかった。
これ以上、取り繕う体裁もない。
それに、こうやって何の気なしに触れているだけでも、彼の体温が伝わって来て、堪らない。
それならば……。

「おい、矢張って!しっかりしろよ、重いぞ」
「成歩堂〜……」
「な、何だよ……」

焦ったようにこちらを覗き込む成歩堂へと顔を上げ、矢張は更に究極の作戦に出ることにした。
つまりは、泣き落とし。
成歩堂が、こう言うのに弱いのは知っている。
所謂、弱みに付け込む、と言うヤツだ。
本当に、体裁も何もない。

「ダメなんだ、もう……これ以上我慢したら、俺、きっと死ぬわ……」
「け、結局その話かよ!」

成歩堂は呆れたような声を上げたが、あまりに気落ちしている矢張のことは、流石に放っておけないのか。
この状況でも、何とかして説得しようと試みて来た。

「第一、よく考えろよ、矢張。そんなことで人が死ぬ訳ないじゃないか」
「そんなの解かるかよ!じゃあお前、試したことあるのか?!成歩堂!」
「な、何……?」
「こんなにお前のことヤりたいと思ってるのに、側にいるのに手が出せなくて……こんな辛くて……死ぬに決まってるだろ!」
「大袈裟なヤツだな!目を覚ませ!!」
「じゃあ、途中まででいいから」
「そ……っ」

そこまで言うか。
成歩堂は絶句し、彼の目は呆れから哀れみに変わった。
でも、諦める訳にはいかない。
矢張は急に立ち直ったように体勢を整えると、ぎゅっと成歩堂の肩を両手で掴んだ。

「絶対途中までヤったら止めるから、な……?」
「と、途中って……ど、どこまでだよ」
「途中って言ったら途中だろ!最後までじゃない、それでいいだろ」
「よ、よくないよ!」
「細かいこと気にするな!」
「わ……っ?!」

そう叫ぶと、矢張はベッドの隅に非難しようと後ずさる成歩堂の肩を改めて掴み、勢いを付けて押し倒した。
そのまま、性急に内股をなぞって下肢に触れ、撫でるようにして軽い刺激を与えてみる。
跳ね除けられても、また懲りずにやればいい、そう思っていたのだけど。

「んっ……?!ちょっ、と……ど、どこ触って……」

意外に、かなり敏感な反応が返って来て、矢張はごくっと生唾を飲み込んでしまった。
艶を帯びた、掠れたような声。
まさか、今、そんな声を耳に出来るなんて思っていなかった。

「や、矢張……っ!」

そして、切羽詰った声と共に、刺激から逃げようとベッドの上で揺れる彼の肢体。
誰の手だろうが、ただ敏感な場所に触れられたからだけだと、解かっているけれど。
今、彼に快楽を与えているのは、紛れもなくこの手だ。
そう思うと、何だか異様に興奮した。
衣服を掻き分けて直接肌に触れると、成歩堂は思い切り身を捩って抵抗し出した。

「だっ、ダメ、だろ……っ、こんな、こと……」
「何でだよ?俺は、最高にいいけど……?」
「……!!」

耳元で囁いて、腿の辺りを既に反応している彼の中心に押し付けると、四肢が緊張したように引き攣って、成歩堂は短く息を飲んだ。



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